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さしづめ今は…9月16日

<9/19追記:高島野十郎の過去記事へのリンク>
どうもここ2ヶ月ばかり「守りの時間帯」がつづいているような感じで、攻めてくるボール、攻めてくるボールをきちんとクリアできずに、却ってピンチを招いているみたいだ。
そのまま前半45分を折り返してしまったディフェンダーのような気分、というか何というか。
なかなか攻撃の時間帯を迎えられなくて、しんどいところではあるのだけれど、こういうように抽象化して考えていくと救われるものがあるね。

そんなぼやきの後で恐縮だが、平山英三先生主宰で、平山和子先生が描いた落ち葉の画が展示される「落葉美術館」、2004年を最後に閉館していたもの(年に一度だけアトリエを開放して開催されていた)が、今年は10月31日(金)~11月9日(日)の長期にわたって桜華書林で開館されるという朗報である。40点の落ち葉の絵が鑑賞できる。
たぶん、落ち葉の絵を恋い焦がれていた人たちで、ものすごく混むと思う。

詳しくは、『落ち葉の美術館』を出版した桜華書林のこちらをご覧ください。上の本は福音館書店刊の子ども向け絵本。『落ち葉の美術館』は、地方の版元刊行なので、どうも一般的な流通ルートから漏れてしまっているようだ。

ご夫妻の絵が好きで、とりわけ私は、平山英三先生がたぶん日本で一番好きな絵本作家だ。全作品を揃えているような忠実なファンではないのだが……。線と色の洗練。べとべとしない、程よい暖かみに精神の在り方の理想を見られる絵である。落葉美術館についての過去記事はこちら
行けるかな。行けると良いな。
せめてその頃までに、みなぎるような表現欲やら、汲んでも汲んでも汲みつくせないような慈愛の発現というか何というか(果たして、そういうものがかつてあったのかは大いに疑問――そういう錯覚であろうとも)、取り戻していたいものだ。
息子にも「しおれちゃっているね。人生オワタ~」と言われて、ムカついています。

死を間際にした「落ち葉」ではなく、秋に生まれ出づる「落ち葉」の美に倣いたいものである。

[追記]絵つながりのメモ。
つい先日、紀伊国屋新宿南口店に行ったら、高島野十郎フェアのコーナーがあった。
最近また野十郎特集のテレビ番組がオンエアされたようで、そのとき、ここにもアクセスがかなりあったのだけれど、画集につづき評伝も出ましたね。

高島野十郎については、以前、中田英寿のプレーにこじつけ強引に、「孤高」の意味について書いたことがある。何かこう、過去に自分が書いた文章を読んでいると、「ちよっと、あんた、行っていないか」と声をかけてやりたくなるようなところもあっておかしい。こちらの【No.828】あたりから。
芸術の秋だ。いい絵を見ようぜ、みんな。

フェルメール展は、数少ない作品からどれだけかき集めることができたのか興味深い。
東京藝大でやっている狩野芳崖展も珍しい。
それから、映画にもなったカニンガムの小説『めぐり逢う時間たち』の表紙に部分的に使われているミレイの「オフィーリア」も来ている。ちなみに、リンク先にあるように、この本自体はお薦めするにはいまひとつ。どうせ読むなら『ダロウェイ夫人』の方を……という趣味の押し付けは余計なのだが。
(『めぐり逢う時間たち』について、何が気に入らなかったのかをちゃんと書けばいいものを、気乗りしないもので、いやらしいトリッキーな書き方をしていることに反省。まるで本の紹介になっていない。マイケル・カニンガムという作家、どうも苦手なのである。昔、今よりさらに性格が悪かった頃、このように苦手な相手にワケの分からないことを言って、逃げ回っていたような覚え)

美術展のほか、芝居もチラシを3つほど(KAZE、結城座、加藤健一事務所)眺めながら行きたいと考えているけれど、気になること、処理することにかまけて諦め半ばなのである。
こういった場所で、きれいなおべべでも着て、たまにはデートをしたいな(相手が誰なのかが問題だ。高倉健か)……などと妄想しつつ、しばし安らぐ。
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2004年から2011年まで書いてきた
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