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【No.1025】陶酔の泳法(6)…6月4日

「のし泳ぎ」で検索してみたら、こちらにはイラスト動画、こちらにはコマ割り写真で、泳ぎ方のイメージがつかめるようになっていた。
のし泳ぎは水戸藩に伝わる水府流の一番重要な泳法だそうで、やはり速く泳ぐためのものでなく、武士(と言うより、おそらくは忍びの者)が敵に見つからないように水しぶきを上げず泳ぐ方法だと別のサイトにあった。そして、誤って船から落ちたときに、できるだけ長く泳ぐための術だとある。
水府流の母なる川が那珂川だそう。

夏の朝、敦賀で遊んでいたこと、そのときに起こったことを「本のシャワーにさらす肌」【No.1017】【No.1018】【No.1019】で書いたけれども、「のし泳ぎ」を教えてくれたおじさんに会ったのも、そういう夏休の一日の始まりの時間帯であった。
たぶん「元気がいいなあ」というような感じで声をかけながら、おじさんは私たちのそばを泳いでいた。その不思議な泳法が「抜き手」というのだと後で教えてくれたが、犬かきやら平泳ぎであっぷあっぷしているような私たちを見て、「海で泳ぐときにいい方法を教えてあげるから、見ていてごらん」というようなことだったと記憶する。
最初に「これは、知っているでしょ」と「立ち泳ぎ」をその場でやって、私たちが見よう見真似で従うと、「のし泳ぎ」と「抜き手」をどうやるのかを教えてくれたのである。結果として「のし」はすぐできるようになったけれども、頭を水面に出したままのクロールのような「抜き手」は何度試しても沈んでしまい、うまく行かなかった。今もできない。

その日、ほんのひとときを一緒に過ごしただけの、名も知らないその人に、私は水に寄り添って泳ぐという喜びを実感できる泳法、一生の財産となる泳法を教わったのである。以来私は、海でもプールでも、「ああ、泳ぐって何と気持ちの良いことなのだろう」とうっとりしながら「のし泳ぎ」をしてにこにこしている。そして、そのときに、いつもかすかに敦賀の海のことを思い出している。

今の時代は、少女たちにおじさんが近づいて行こうものなら不審者に取り違えられかねない。だが、昔はこの「地域のおじさん・おばさん力」というものが、子どもたちの育つ環境で大きく機能していたということが、この一件でも明らかだ。ちょっとした知り合いや、よく知らないおじさん・おばさんが、言葉やその土地の習慣、文化、風俗などについて事あるごとに知恵を授けてくれる場があった。
よく考えてみると、古式泳法という日本の伝統の技術が、あのような形で伝承されたということは類い稀なことだったと思える。

そういえば、やはり「本のシャワー~」の方に書いた体験ダイビングの記事のところで、「この柳腰」という表現を使ったら(もちろんおふざけ的に)、「自分で『柳腰』はないだろう」的なチャチャを入れてきた古い友人がいる(何かぴんと来ないのだけれど、ときどきくれるメールに、なかなかユニークで大きな事業の諸々に携わっていることの報告があるビジネスマン)。
「柳腰」という言葉を「蒲柳の質」という言葉と共に教えてくれたのも、名も知らない地域のおじさんであった。敦賀の次に移った日立の町で、夏休みの前後、毎日毎日学校帰りにショッピングセンターに通い、同じ場所で1日3~8本のホームランアイスを食べつづけていたことがあった。中学2~3年のときに、友だち2~3人と食べられる本数を競い合って……。
そのショッピングセンターで働いていた人だろう、背広姿のおじさんが、手相を見てくれたことがある。それが案外よく当たっていたが、その人が「柳のような体つき」ということを言ってくれたのであるよ。確かに「柳腰」ではなく、「柳のようにほっそりとした」という表現で、微妙にニュアンスは違う。

――このようにして、私に構って、生活の知恵や雑学、技術、伝統を教えてくれた人たちに、今、深い感謝をしている。おそらく多くの人はもうすでに、此岸ではなく、彼岸に泳ぎ遊ぶ人たちであろうけれども……。
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中村びわ

Author:中村びわ
2004年から2011年まで書いてきた
「本のシャワーにさらす肌」
http://biwa.blogtribe.org/を、
こちらに引き継ぎます。

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