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【No.1063】火山の島で(2)…8月22日+25日

伊豆七島の本って、ほとんどないのですね。

お楽しみはもちろんダイビングだけの観光地ではないけれども、その日体験ダイビングをしたグループがもう1組あって、そこに興味深い人がまぎれていたので、ちょっと書き留めておく。

水に潜る前のブリーフィングを一緒に受けた人たちのなかに、「えっ、もしや、あなたは海猿(日本の「ダイ・ハード」のような映画で有名になった海上保安庁の特別訓練を受けたレスキュー潜水士)でっか?」という人がいたのだ。ずばり海上保安庁ではなかったのだが、それと似た種のレスキュー関係の仕事をしているということで、変わり種のインタビュー好きの私は、もう話を聞き出したくって聞き出したくって仕方なかったのだが、せっかくの自由時間にそれは迷惑だろうと思ってあきらめた。
インストラクターの人たちも同じ様子。Cカードのような一般的ライセンス、そのステップアップの資格は所持していないというのだけれど、一体どういう訓練を受けてきたのか、興味しんしん。まあ、それでも、50本には及ばない数十本のキャリアだということだった。とはいえ、1本につき何十分なのだろう。
水中で少しだけ一緒になったとき、耳抜きがうまく行かず鼻をつまんでばかりの私、インストラクターに吊り下げられたままの私の前を事もなげに優雅に泳いでいた。
あとで、耳を立てて話すのを聞いていたら、「魚が泳いでいるようなきれいな海には初めて潜った」ということだったので、訓練はやはりドロドロの水の中ででも行うのだろうか。

大島から帰るときも、元町港の待合所でそのグループを見かけた。ものすごく地味で実直な普通の人のようで、どこなく鍛えている感じのオーラが漂う。
以前自衛隊にいたことがあるという人と話をしたことがある。その人と何となく共通する雰囲気があった。
話はそちらの人にずれるが、自衛隊って、退官しても、人によっては技術訓練を定期的に行い、いざというときに協力するという制度があるらしい。つまり自衛隊を離れても、その人はときどき銃を撃つ練習他に行っているということだった。
別に特別なお付き合いがあった人ではなく、年もだいぶ下の人だったが、思想的なことでなぜか話が合うことがあって、沢木耕太郎『テロルの決算』を贈ったことを思い出した。
『テロルの決算』は、昭和35(1960)年に右翼的少年・山口二矢が社会党委員長・浅沼稲次郎を単独で暗殺した事件を書いたノンフィクション。

さてさてさて、伊豆大島である。学生時代に神津島に行ったときは、夜遅く出航して早朝に到着するという船便しかなかったので、ジェット船を利用したのは今回初めて。伊豆七島があまりにも近いのに驚いた。もっとも大島の緯度は、伊豆半島の先の下田と変わらない。距離的には確かに近い。
心理的にも近い。なぜなら住所は東京都である。車も品川ナンバーだったような……(亜熱帯の小笠原も東京都なのだが、品川ナンバーなのか。少し前、返還40年記念とかでNHKが特集していましたよね、朝のニュース時間帯に。小笠原も行ってみたいのう)。
近いと分かっていても、浜松町駅から徒歩7分の竹芝桟橋からわずか1時間45分という短さで着いてしまうには驚いた。小さな船なので揺れと酔いを気にしていたが、船体が海面から持ち上がって、海上をすべって行くので、ほとんど揺れがないのである。東海道新幹線って結構揺れるじゃないですか、古いから。揺れはあれと同程度。
それを考えると、東京方面から渋滞で大変な思いをして伊豆半島の海水浴場に出かけるよりも、ずっとストレス少なく、計画通りに旅行ができてしまう。無論、船の燃料代も上がっているから、じりじりと乗船代も上がってはいる様子。片道で7500円程度だろうか。
本当は、世田谷のとなり調布の空港から片道25分で到着するセスナ機も良いなと思った。けれども、天候の影響を船より受け易いというリスクを考えてやめた。実は、と告白的に言うほどのものでもないが、交通機関を考えたり行程を立てるというのがとても好き。
わずか半年だけ旅行業界の仕事をしたことがあった。旅行会社からハワイの招待を受けたのに、会社を辞めるつもりだったので断って、そのせいもあって結局いまだに米国領土は未踏の地なのである。もう少しねばって、旅行企画などやると面白かったかも……。本体の流通業がいやになって辞めてしまった。「物を売るより作るでしょ」という幻想にとらわれた20代前半の話になぜかなってしまった。経験を重ねると、開けなくてもよい引き出しがやたらと増えますこと。
<この項つづく>

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おひさしぶりです

FC2ブログにびわさんの避難所があったなんて知りませんでした。足跡からはっけーーん!
先日、野十郎の命日に墓参りして、生家と耳納連山の「温石湯」を訪ねてきましたよ。
新本も出版されて、ますます人気が出てくるかもしれません。わがことのようにうれしいです。
http://bali55.blog2.fc2.com/blog-entry-76.html

ありがとうございます。

baliさん
こちらこそご無沙汰しています。
実はそちらのブログ復活のお目出度い日にコメントを入れたら、なぜか受け付けてもらえなかったの~。何回か試したのですけど……。
でも、大きな悲しみを乗り越えられつつ、何とかお元気そうだから、いいやとすごすご帰ってきてしまいました。えへへ。
久留米限定のブログも立ち上げられ、楽しみにしています。疲れた日に、baliさんとこのきれいな写真を見ると、ほっとなごみます。
野十郎もすっかり国民的画家となり、本の出版も増えて良かったです!
お墓参りや生家のあたりは、いつか私も行ってみたいです。九州は本当に素敵なところが多いですね。

ここは、すっかり記事の写しをなまけてしまっていたので、コメントびっくりでした。

大きな悲しみ

あっ、わかりました~?
今年2月に入院した母が、7月10日に亡くなりました。49日までブログをお休みして、再開したのですが、あれ~、コメント受け付けなかったですか。おかしいなぁ。また何かのおりにカキコしてみてくださいね。

野十郎の生家に行って、ずうずうしくピンポンして、
そこにお住まいの縁者とみられる女性に話を伺いました。やはり、売れてない間に絵は炊きつけになったとか。。。
哀しい思いばかり残ってしまいましたが、立派なお家なんですよ。ただ、作り酒屋の母屋の隣に、洋風の住居ができてましてね。。。
坂本繁二郎の生家は、市民の運動と公の補助で保存されることになりましたが、野十郎の生家もできるなら市で保存してほしい。
なんて愚痴を書いてしまいました。またね♪
プロフィール

中村びわ

Author:中村びわ
2004年から2011年まで書いてきた
「本のシャワーにさらす肌」
http://biwa.blogtribe.org/を、
こちらに引き継ぎます。

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