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Let's twitter…7月2日

サミットを控えて厳戒体制の都心にはあまり出たくないけれども、読みきかせボランティアの日なので、渋谷方面へ。
オリンピックをやるとしたら、お祭りだからここまではピリピリしないのか。でもテロの危険がないわけではないので、それ相応の警戒体制は敷くだろう。
――何も東京でやってくれなくていいよ、オリンピック。

この厳戒の雰囲気と、日を追って頭に蓄積される、不況、雇用問題、非正規雇用者(私もだ)だけでなく年金生活者、母子家庭、障がい者などの報道からくる社会の閉塞的な感じ。週刊文春が新聞広告で、ぼんと花火を上げていた「今度出るボーナスは使うな!」というような記事の見出し。
きのう歩いた新宿にも、きょう歩いた渋谷にも、影を落としている気配が察知できる。

アトウッドの『またの名はグレイス』は、最近の現代文学がよく取る姿勢である「確かなものは何もない」というやつで、訳者の解説も参考にすれば、「人の記憶の不確かさ」「物語の語り手の信用できなさ」「時代の波の不連続性」といったものが特徴のようである。
このアトウッドの小説のことやら、きょうひとりきりで対応していた、乳幼児たちへの対応、重度の障がいのあるティーンエイジャーへの対応やら、私たちの都市が(おそらく)これから未曾有の不景気に向かって行く様子やらのことを考えていて、「確かなものは何もない」というスタンスではいけないのだっ!と強く感じた。

日常にもっと確かなものを見つけて取り組んでいかないと、きっとこれから持ちこたえられないよ、この社会は……。
当たり前すぎるほどに当たり前なのだが、各人が、自分の取り組むこと、与えられた仕事、自分でやるべきだと思うことにコツコツ励んでいくしかないだろう。
「あ、あいついつもしっかりやっている。何かいい、信用できるじゃない」と認めてもらえるように……。

ブログの毎日更新レベルでも、バーゲンで良いものをゲットするでもいいんだけどさ、朝のうちに、隣の敷地にまでちょっと入り込むぐらい玄関先に水を打っておくとか、子どもの世話をまめにしてやるとか、しんどい仕事も気を抜かず手を抜かずやり通すとか、しっかり食べて身の回りも片付けておくとか……(マズカイヨリハジメヨ)。
そのようにしっかり生きる人の数を増やして、ちょっとやそっとのことでは崩れないと思える世のなかにして乗り越えていくしかないのだろう。戦後の荒廃のなかから、我々の祖父母世代、親世代が真面目に気丈に頑張ったように……。
不確かなものを不確かだと確認しているだけでは、状況は好転しないし、かえって人の不安を煽るだけだね。

アトウッドの次は、確かすぎるぐらい確かな小説を読もうと思っている。
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