【No.1409】『くんちゃんはおおいそがし』が教えてくれる「遊び」の意義




ひと雨ごとに秋が深まっていく季節。
少し早いけれど、大好きな「くんちゃん」絵本シリーズの落ち葉かきの表紙を思い出す。
『くんちゃんはおおいそがし』だ。

くんちゃんの絵本を読んでいると、「子どもってこういうものだよねえ」
「子どもの遊びってこういうものだよねえ」と思う。
そして、「子育ってこういうものだよねえ」とも。
「子どもらしさ」と信じたいものがそこにはあり、子育て時代の理想としたいものも
そこにはある。
現実を見回せば、暗澹たる現代社会にため息がよく漏れる。

朝、起き出して何もすることがないくんちゃんは、「なにをしたらいい?」と
お母さんぐまやお父さんぐまに訊く。
親に言われたいくつかを試してみて、ひと通り終わると、また「なにをしたらいい?」
とたずねる。
外遊びをすすめられたくんちゃんは、大人の注視のないところで、いろいろな遊びを思いつく。
この「注視のないところ」というのが大切。
「何やってた?」「どこにいた?」と、監視され過ぎの子も多いだろうから。
監視がないと危険も少なくない世の中だから。

おもちゃはないけど、松かさをけったり、木切れを小川に浮かべたり、川底の小石を
集め始めたり……。
系統的でなく、次から次へ目につくものと、くんちゃんは関わりを持つ。
子どもが自分の生きる世界がどうなっているのかを少しずつ把握していく様子が描かれる。
ゆったりとした時間の流れのなかで誰と競争するでもなく、自分なりのペースで
外界を自分のなかに取り込み、発達していく。「遊び」を通して……。
「遊び」に切りがないことを発見したとき、くんちゃんは自分が「おおいそがし」で
あることを知る。
そういう「育ちのとき」がどの子にも保障されることを願わずにはいられない。
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テーマ : 絵本
ジャンル : 本・雑誌

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