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【No.1406】『知の広場 図書館と自由』を欲するイタリアの教育危機




ヨーロッパと言われたらすぐに国名が挙げられるような国は、OECD(経済協力開発機構)のPISA(生徒の学習到達度調査)で多少の差はあっても、日本と同じような教育水準にあるような気がしていたが、それはどうも相当外れた認識みたい。

幼児教育や子ども学について学んでいると、イタリアの幼児教育や初等教育は伝統的に素晴らしく、お手本になるものとして語られる文脈をよく目にする。
だが、アントネッラ・アンニョリ(2011)『知の広場 図書館と自由』萱野有美訳(みすず書房)を図書館で借りてきて、ぱらぱら読んでいたら、第2章「2010年-2030年とはどのような時代か」の2節「学校の危機」に相当のことが書かれていた。

PISAでは、生徒を読解力にしたがい6つのグループに分けている。第1グループが最も低く、第5グループが最も高い。イタリアの男子で第1レベル(407.47以下)かそれ以下なのは33%、つまり全体の3分の1になる。彼らは、主としてきわめて単純な新聞記事の内容が理解できないレベルである。第4か第5レベル(552.89以上)の高い読解力があるのは、わずか17.6%で、相対的に女子の方が多い。第1レベルかそれ以下の女子生徒は19.9%、一方、第4、第5レベルに達しているのは27.7%である。イタリアの生徒の学力は、女子のおかげで最下位をまぬがれ、かろうじて平均を示していることになる。(p.67)

イタリア少年の笑顔にだまされていてはダメということだな。

学校教育を受けた若者ですら、語彙の貧困化が進んでおり、彼らの多くが文章を理解するのに困難を覚えるようになっている。つまり、そうした人は、本や新聞を読めなくなる可能性があり、何より、電気料金の請求書や通帳の残高を正確に理解できず、基本的な権利が危うくなるかもしれないのである。こうした重大な問題は、アルベルト・サラレッリが説明するように「情報化社会において、初歩的な読み書き能力は、情報そのものを消費するための大前提であり、基本的な必須事項である。近代欧米社会の経済活動は、その情報化社会の上に成り立っている」ことに起因している。
(p.68)

こういう背景があって、司書歴30年の著者は、自然と市民が集まってくるような「知の広場」づくりを目して図書館リノベーションを手がけてきたということ。
前付にカラー口絵が8ページ(証券取引場を改修したボローニャの図書館、映画館を改築した建物に食料品店や食堂などといっしょに入っているボローニャの書店ほか)、中ほどにモノクロの口絵8ページ(各国の図書館にある気の利いたスペースほか)あり。

今夏、ウンベルト・エーコ様(1991)の『論文作法』谷口勇訳(而立書房)を読み、きらびやかで確かな博識・教養を見せつけられ、「イタリアすげぇ」と感心させられたばかりであったのでショックが大きい記述だった。
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