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【No.1398】家族の困難、教育の困難

昨年暮れのこと、久しぶりに教育学者・汐見稔幸先生の話を聞いた。
教育学者にはスター的雰囲気をまとった魅力的な存在が多い。それが「この世界、面白そう」と私を専門的な学び・研究の場に引っ張った強い磁力の一つである。
東京大学大学院教授を経て白梅学園大学に移り、今は白梅の学長の要職にある汐見先生も、その一人。

こども未来財団と、地域の子育て支援活動で長年の実績がある「目黒子ども劇場」共催の講演会の題は「ひとりじゃない!! ココで子育て ココから子育て ~地域で生きる乳幼児親子のための子育て支援のあり方~」というもの。
会場は、子育てのスタートを切ったばかりの若いお母さんでいっぱいだった。
当然ながら、テーマを訴える汐見先生は、乳幼児を持つ若いお母さんたち一人ひとりの目を見ながら話をする。しかし、始まってしばらく、私やら私の回りにパラパラいた年配のお母さんたちにも目配せしながら、「年を取っても人間は発達します」と力強くお気遣いトークをした。「さすがだなあ」と苦笑と共に思わせられる一コマであった。

「地域」がキーワードの会であったから、「地域に住む人びとのいろいろな知恵を借り、ひとりで閉じこもるのではなく、わいわいがやがやの子育てで楽しく育てよ」ということなのだが、「不幸にして現代は、人類史で今までの子育てが初めてできなくなった時代だ」という指摘があり、そのような肌感は日ごろからあったであろう若いお母さんたちに、なかなかに厳しい現実が突きつけられた格好になった。

人類が長く営んできた子育てとは、
①家事や仕事を手伝わす…祭りも含めて、村には村の一人前として覚えるべきカリキュラムがかつてはあった。
②あたかも「放牧」されるように、地域社会で群れて遊びながら頭を使って工夫する力、社会性、企画力を育てる発達保証集団があった。
③帰る家庭には団らんの場があり、いやしがあった。
という環境で成されていたという。

小学校の低学年で親が働いていれば、春夏冬の長期休暇、土曜日などは学童クラブに行くことになる。
ちょうどそのぐらいの年の頃、私は盛岡市で過ごした。母は専業主婦で、私たち姉妹が学校に行っている間、「映画を好きに観に行けて天国だった」という不届き者であったが(笑)、それは置いておくとして、放課後、私たちの居場所は家の前の大通りであった。
ランドセルを家に放って通りに出ると、たいてい5~6人の違う学年の子どもたちが男女入り交じり、マンホールをベースに野球を始めた。蝶やトンボが飛んでくる季節にはそれを追い、雪が降ってくれば角度の急な坂道でスキーを楽しんだ。坂の上には、楳図かずおや水木しげるのマンガを安く貸してくれる貸本屋があり、こそっと立ち読みしていると、奥から店主の咳払いが聞こえてきた。

野球の他に興じたのはゴム跳びである。持ち手が腰のところや脇の下でゴムを支え、高く上げていくという競技的なものもあったが、地面近く低く構えて♪しばしも休まず つち打つ ひびき~♪と皆で歌いながらのゴム跳びもあった。
持ち手は子どもだけだと長続きしない。
母や午前中の内職を終えてひと息ついたお母さんたちが加わり、持ってくれ、歌ってくれた。
疲れるとお母さんたちは中に入り、お茶を飲みながら、茶受けの漬物をぽりぽりかじり、亭主の愚痴をこぼしたり、若い時の話などをしていたという。
先日、母に聞いたら、その漬物は、午前中に訪ねてくる行商のおばさんから買ったもので、おばさんはよく、上がってひと休みをしていった。そこにも、家族の話題があったに違いない。

通りで遊べていたのは、車がまだ少なかったからだ。
遊んでいて車が来ると、「車、来たよ~!」と誰かが言う。すると、窓から顔を出したドライバーが「済まないねえ」と声かけながら、道を通って行った。
ええかっこしいの父は流線型の新車を買い、「岩手県でまだ数台めだ」とご満悦の様子であったが、それなのに私たちが社宅として住んでいたアパートはトイレが外で風呂がなく、夕飯の後に銭湯を利用していた。
銭湯に行くと、そこにまた、大通りの友だちがいたものだからお互いの裸も知っていたし、湯上りに瓶に入ったりんごジュースやコーヒー牛乳を飲みながら、実に多くの地域の人たちと話をした記憶がある。

今、思い出すと、トイレも風呂もない、あのアパートと大通り、そして小学校が楽園のように思える。
良いことばかりでなく、十勝沖地震に襲われ、皆で夜中に通りに飛び出した夜もあったけれど……。

よくは覚えていないのだが、きっと私はああいう場で「元気のいい子だねえ」「ほっぺたがぴかぴか光っているよ」「はきはきしている」等、ちょっとした言葉をかけられながら、いろいろな人にその存在を肯定され、毎日を支えられ、「自尊心」を育ててきたのだろう。

2009年に出版された汐見先生の『子どもの心自尊心と家族』(金子書房)にも、子を放牧すべき地域がなくなってしまった問題が書かれている。
地域の人々の手を借りにくく、夫が労働力として職場に吸収された状況で、母親が孤軍奮闘しなくてはならない育児の傾向を、氏は「人類で初めて」の大変な事態だと捉え、21世紀型の子育ての知恵と工夫をしていく必要を訴える。
それは、政策としての必要性でもあるのだ。
以下、感じ入った部分のごく一部を抜粋してみる。

学力というのは、簡単にいうと、臨機応変に考えることがてきて、しかもできるだけ的確な判断を下せる知的な能力のことだ。そこには柔軟性と同時に原則性、そして深さが要求される。「生きる力」ということが教育界でよく言われるが、その中心は、社会に出たとき生じるさまざまな問いや課題に、可能な限り的確な判断が下せ、しかもその線で行動できるという力、つまり知的な能力だ。生きる力は道徳心や社会性にのみ還元されるものではない。(P10)

私は今日の「学力」低下は、かなりの部分が学校で生じているのではなくて、家庭や地域社会での生活の中で生じている生活現象だと考えている。(P60)

言葉がとげとげしくなり、しゃべりたくなくなるのは、共有する文化が目の前になく、頭の中の観念をもとに非難がましいことを言いあうからである。けれども、いっしょに家庭の文化を共有しているときにはそれが少ない。言葉に双方の真心や愛情が込められやすい。
しかし、現代の日本では、そうした家庭文化の共有という機会が少なく、その場にはないことがら--学校でのことや塾でのこと、部活のことや他人のことなどなど--が話題になったりすることが多い。そこに親の期待の感情がまぶされると、その期待に沿った行動をしているかどうかを訊き出そうという言葉がどうしても多くなる。
(P108-109)

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中村びわ

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2004年から2011年まで書いてきた
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