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【No.1394】行間にひそむもの

「行間」という言葉は、「本は行間を読むことが大切」「まったく行間の読めないやつ」といった文脈で使われることが多いように思う。そこには、文章に表現し切れなかった書き手なりの思いがあるという意味が込められているのではないだろうか。
確かに、書き手が言葉で表し尽くせなかったものがひそんでいるという考え方には納得が行くが、私がきのう絵本を人に読んでいて発見したのは、「行間は、受け止める人が自分の経験や想像世界をそこに読むものだ」ということだ。
そうでなければ、あんなに文字の少ないテキストで、目を潤ませる人がいるはずがない。

『ぼくのおじいちゃんのかお』は、昨年亡くなった広告界の重鎮・天野祐吉氏が写真家の沼田早苗さんと組んで1986年に月刊絵本の形で出した絵本だ。その6年後に上製本となった。
「おじいちゃん」」は名脇役として日本映画界を支えてきた加藤嘉さん。デザインは奥脇吉光氏が担当している。
加藤嘉の着ている白シャツは、デザインがとても素敵だ。シャツの下にかすかに腕時計がのぞいているし、途中で眼鏡が出てくる。スタイリングは誰がしたのだろう。俳優の自前か、天野祐吉か周辺のスタッフが用意したものなのか。

福音館書店の月刊絵本が、悪くないギャランティーで制作されていたことは知っているが、それにしても、脂ののった専門家たちのギャラがその予算内で収まったとは考えにくい。「皆でいい絵本を作ろう」という一種のボランティア精神がそれぞれに発揮されて制作されたのだと想像に難くない。

年末やきのうのおはなし会にこの絵本を用意したのは「帰省シーズン」を意識してのこと。
読む前、子どもたちに「みんなは、おじいちゃんやおばあちゃんといっしょに住んでるの?」と問いかけると、三世代同居の子はいない様子。
「じゃ、お正月に、おじいちゃんやおばあちゃんに会ってきたのかな?」と聞くと、そこにいた子たちが皆、手を挙げた。「そう。おじいちゃん、おばあちゃんは、どんな顔してた?」とたずねると、特に返事はなかった。
なくていいのだ。言葉が出てこなくても、薄ぼんやりと頭の中で思い出してくれるだけでいい。
そのまま引き取るようにして「きょうは『ぼくのおじいちゃんのかお』というご本を読むね」と前振りを結んでから、読みきかせに入った。

子どもたちの後ろには、保護者たちがいた。実家に帰省したのは、つい先日のこと。記憶に新しいだろう。日ごろ子育てに忙しいパパ&ママたちは、久しぶりに自分の父母と会い、親のありがたみや自分の子ども時代を思い出したことだろう。
絵本を人前で読むときは、それが保護者にどう受け止められるかも意識する。できれば子育てに忙しい人たちのリフレッシュになればいいと考えて選書する本もある。読みきかせのパートナーと直前にプログラムの流れを打ち合わせ、3冊ずつ読むことを予定したが、自分が担当した最後の2冊は、親と子へまるごと働きかけられる絵本を組み入れたつもりだった。
『ぼくのおじいちゃんのかお』から、【No.1392】で紹介した『でんしゃでいこうでんしゃでかえろう』へつなぐ。大型絵本で用意した後者は、山の駅を出発して雪の野原、雪の山、冬枯れの谷に架かる鉄橋などを経由し、海辺の菜の花畑を通って海の駅へ至る。暗いトンネルの画面に入っては、そういった景色に出て……を繰り返す二拍子の展開で、この本も、いやがおうにも「帰省」「故郷」「田舎」を思い起こさせる内容なのである。

『ぼくのおじいちゃんのかお』は、表紙を開けるとまず、感情をフラットにした横顔が扉に小さくあしらわれている。つづく最初の見開きは、にらめっこの「あっぷっぷー」の「ぷー」みたいに口を結んだ表情で、「ぼくの おじいちゃんの かお。」と文字が添えられる。
次の画面は「おじいちゃんは、よく わらう。」と優しい笑顔。それから「あんまり わらうと、ないてる みたいだ。」と、いきなり「何が始まるのか」とトリッキーな調子に転化する画面が出てくる。

全部で24ページ、たった11画面の後半にさしかかると、「あ、また ねてら。」「おじいちゃんは、よく ごはんを こぼして しかられる。」と、「老い」を意識させる内容が出てくる。
クライマックスは、「おじいちゃんは、ときどき とおくを みている。」「ないている とき もある。」――ゆっくりゆっくり間を取りながら読み進めてきてはいるが、この展開は、どういう間を取るか、どういう声の調子で読むか、読み手の感覚が試される勝負どころでもある。
しめっぽくならないよう、演歌じゃないのだから感情を入れ込み過ぎないよう、どこかからっとした調子を心がけた。そして、「まだ、めくらないのか」と苦情が出るのではないかと思えるぐらい、ページをめくらず、写真を見てもらう時間を設けた。

連れ合いに先立たれたのか、戦争で亡くなった大切な友人を思い出しているのか、老いていく寂しさを感じているのか、加藤嘉さんの表情を読み解こうとする人もいるであろう。あるいは、自分の祖父、介護の大変さなど、生活をすり合わせながら見てくれている保護者たちが、おはなし会に参加していたのだ。

この絵本がロングセラーであることは、かなり前から知っていた。
数年前、私が参加していた保育園でのおはなし会ボランティア・グループのメンバーが読みきかせの実践をした。彼女は、遠く離れた故郷に戻り、何年かにわたって介護をした経験がある人だ。そういう人になら、無理なくすぐに入っていけた世界である。
しかし、私は、いつか自分も人前で読んでみたいが、機が熟すのを待つべき本だとなぜか思っていた。
この数年で、割に急に、母の老いを意識し始めた。そんな折、昨年12月初旬に書店をのぞいたら、春に増刷されていたこの本が棚に差さっていて、「あ、これが読むべきめぐり合わせなのかも……」と思えた。

そこまで読んでいたカラフルな絵本と様子の違う、モノクロで地味な本をじいっと見つめる小さなお目々も忘れがたい。そして、ベビーカーのそばにたたずんでいた若いお母さんの目からあふれた涙も、私には忘れがたい体験として深く刻まれた会であった。

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テーマ : 絵本
ジャンル : 本・雑誌

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中村びわ

Author:中村びわ
2004年から2011年まで書いてきた
「本のシャワーにさらす肌」
http://biwa.blogtribe.org/を、
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