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【No.1391】教師の本

私は仕事運がいまひとつの人間だ。
自分で「これは好きだから意欲的に取り組める。自分に合っている」と思える仕事にせっかく出くわしても、いろいろな障害があって、「その道ひと筋」という感じで取り組めてはこれなかった。その運は、これから何とかして体と頭の働くうちに取り返したい。

しかし、小さな頃から教師運というのが驚くほど良い。
ざっと思い返すだけで「あの先生、素敵だったよね」という先生が大勢いる。
ちなみに私は、いい先生ばかりを揃えている名門大学附属小からずっと持ち上がったというような教育環境にあったわけではなく、昭和40年代から受け始めた学校教育では、あちこちの地域を転校して回った。
実は今日もちょうど、半分ぐらい「めんどうくさいな」と思いながら血縁たちと話をしている折、話題がないので、「自分が教わったあの先生は、こういう風に素敵だった。今になって、自分の興味関心は、あの時に形成されたのではないかと感謝している」という先生に関する前向きな話をし、その場を何とかやり過ごしていた。

十数年前に、中学2~3年時にお世話になったМ先生から年賀状が届いた。たまたま出かけた同窓会で、先生の気分が帰り際に悪くなられたから、東京に帰るために方向が同じだった私がご自宅最寄り駅までお送りしたのだ。最初にもらった賀状は、そのお礼であった。それからずっとやりとりが続いていて、今年の賀状には「古希になります」と書かれていた。誕生日を知らないから、バレンタインデーにでも何か贈るしかない。
それにしても、10代半ばの私たちが教室にいた時、この先生はまだ32~33歳ぐらいだったのかと驚く。

昔のこと、クラスのうちいくつかの家庭は、公立の先生宛てであっても、お中元・お歳暮を贈るという習慣があった。恥を忍んで書くと、我が家でも母親が気をきかせ、確かサントリー・ローヤル5,000円也を最初の夏に贈った。したところ、しばらく経ってM先生からLPレコードが2枚送られてきた。当時LPは1枚2,500円である。
忘れもしない、それは一大ブームとなった映画「かもめのジョナサン」サントラ盤と、ナナ・ムスクーリのベスト・アルバムであった。
「公務員なので受け取るわけにはいかないから、以後、お気遣いなきよう」という趣旨の丁重な手紙が添えてあったようだ。母親は、「先生が自腹を切って返礼をするような真似をさせてしまい、大変に申し訳なかった、愚かだった。それにしても、何と清廉で立派な先生だ」とひたすら恐縮、感激していた(この思い出は、古希祝いの手紙に書かねばなるまい)。

子ども心に強烈な印象を残すエピソードであるが、実は、こういうエピソードが他の先生に関しても、いくつもある。それだけで果報者なのであるが、学校教師のみならず習い事の指導者運もまたいいし、嬉しいことに、息子もまた先生運、コーチ運、指導者運が滅法いい。それがまた私にとっても貴重な財産となっている。

ところが最近、ある教育現場に立ち会っている際、とても残念なことがあった。
先生たちが子どもたちに指導している際、どうも子どもたちに落ち着きがなくなった。それも仕方ないことで、先生たちの「やる気」があまり感じられない時間帯が続いていた。
今、問題になっている「困った子」が中にいた。先生が話をしている間、何度も大あくびをしたり、きょろきょろしたり、椅子の上で体育ずわりをしたり、ポケットから何かを出したりという調子で周囲も徐々に引き摺られ、どんどんその輪が広がっていくという救いがたい状況を呈していた。

あまり気になったので、「ああいう局面で、子どもたちの気分を変える一言とか体を動かさせるとか、何か取り組みをして集中力を戻せないのか」と尋ねた。何せ私は、そんなひどい状況を、かつて目にしたことがなかったもので。おはなし会で落ち着かない子が出てくると、そういう工夫をしているもので。僭越ながら……。

すると、ある先生が「何が問題なんですか」と訊く。
「はあ?」と目が点になってしまった。
「何がって、そりゃ(あんた)、人が話している前であくびしたり、伸びをしてみたり、きょろきょろしたり、その雰囲気が周囲に伝染しているのに気づかれませんでしたか」と聞き返した。

「椅子から立って歩いてはいませんでしたよね」……と、先生。
「立ち歩いていなくても、集中させる工夫を講じないと、一種の妨害行為じゃないですか、あれ」と食い下がる。
「でも、あれ、今の教室って、だいたいあんなもんですけど」と言われ、もうあぶく吹いて卒倒しそうになった。

あれが日常なのかよっ!?

「申し訳ないけど、私は今まであんなひどい様子を見たことがない。子どものせいでなく、何かしら工夫するのが教師の務めなのに、それを怠っているのではないか。ざけんじゃない、あんた、何とか考えろよ!」とは声を荒げなかったが、それと同じ内容をできるだけやんわり伝え、お知恵とお力を貸していただくように頼み込んだ。

ここに挙げた本のほか、たまたまその前から、素敵な実践をしてきた教師の本を何冊か読んでいたこともあり、もう現実と理想の乖離たるや、戦時と平時の差に等しく思えた。

尾木ママとして知られる教育評論家・尾木直樹氏の『教師格差』は「ダメ教師はなぜ増えるのか」というサブタイトルが過激だけれど、教師をめぐる社会状況や教育行政の分析をし、教師崩壊がなぜ起きてしまうのかを冷静に説明、それでいながら、現場で一人きりで闘わざるを得ない教師の姿に愛情を寄せて書いている好著である。

アメリカやフランスのように教えることに特化されず、「校務分掌」という形で、児童生徒の生活指導や教室のそうじ、各種行事、事務作業まで広く器用にこなさなくてはならない日本の教師の特殊性を指摘する(P109-110)。また、高学歴社会、高度情報化社会になり、社会全体の文化水準や知識、情報水準、学力水準が上がってきているため、相対的に教師の地位が低下していることも指摘する(P64)。それに加え、「教員評価システム」が、いかに同僚や職員一同で支え合っていけない状況を作り出しているかという問題もあるという。

新しい進学校として定着した海城高校や公立中学の教師経験がある尾木先生が分かりやすく鮮やかに説明してくれる、今の学校の悲しすぎる実態(初版は2007年6月であるが)。それに対し、教師のバイブル大村はま『新編 教えるということ』や灘校を名門に育て上げた立役者、伝説の国語教師・橋本武による『<銀の匙>の国語授業』など、熱意が現出した教室は奇跡のような理想郷だ。

人と人が出会い、共に学び、共に「より良さ」を求めるからこそ未来があり、希望の光が射すのだということ、そこに社会や国家、民族、ひいては人類の明日がかかっているのだということを、教育の本を読めば読むほど実感させられる昨今である。
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中村びわ

Author:中村びわ
2004年から2011年まで書いてきた
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http://biwa.blogtribe.org/を、
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