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【No.1390】意思の力で切り拓き、そして征する

暮れの仕事納めの日に書店に寄ったら、岩波文庫の棚に昨秋新訳で出たばかりの『ジェイン・エア』が上下巻面陳してあって、「いらっしゃい、いらっしゃい。いつもより少し長いお休みなんだから、読む時間を作れるんじゃないの? この世界名作は取りこぼしているでしょうが」と呼ばれる。
上巻の装画がチャールズ・ウェスト・コープ「黒板をもつ少女」、下巻がジョン・エヴァレット・ミレイ「霧に濡れたハリエニシダ」なのだが、ミレイ好きということもあって別れ難かった。
孤児となった少女が学問を修め、家庭教師として自立していくというぐらいの筋の流れは知っていた。苦難を乗り越えて先に進む女性の話というのが、これからの自分へのエールになりそうだと直感できた。

ヴィクトリア朝に当たる1847年刊だから、ざっと200年昔の小説だし、10代の女の子の心理描写が多い作品など、50を超えた自分がどれだけ楽しめるものかとも思ったけれど、「すげっ!」と興奮し、久しぶりの劇的な物語にときめき、気づけば上巻読了で大晦日が終わり、新年がはや50分過ぎていた。

両親が亡くなったため伯母一家に引き取られているジェインが、今風に言えば虐待を受けているところから物語は始まる。伯母には「いい子じゃない、かわいくない」と言われたり、おしおきで怖い部屋に閉じこめられたり。いとこたちは冷淡で、特に男の子は殴りかかってくる。精神的虐待と身体的虐待で深刻な状況だ。

子どもというものは、感じることはできても、その感情を分析することはできない。思案の末、少し分析に成功したとしても、その結果を言葉に表す術を知らないのだ。しかしながら、人に伝えることで悲しみを和らげることのできる初めてで唯一の機会を逃すまいとして、黙ってあれこれ考えたあと、貧弱ながら、できるだけ真実の答えをまとめようと頑張った。[上巻P42]

このような客観的で内省的な一人称の語りが信頼できるものであることにも引き摺られたが、次のようなヒロインの性質に、自分と共通するものがある気がして、何か嬉しく読み進めた。

これから先、あなたは自分から望むわけでもないのに人から秘密を打ち明けられることが多くなるでしょうから、そのつもりでいるといい。自分のことを話すより、相手の話を聞くのが得意な人だと、誰もがわたしと同じく、直感的に悟るからです。[上巻P269]
これは、寄宿学校から出たジェインを雇った屋敷の主人が口にした言葉である。

ジェインの人物像に惹かれ、そのけなげさを応援しながらの読書だったが、彼女の最大の魅力は、「留まるべきか向かうべきか」「従うべきか抗うべきか」を強靭で柔軟な意思により自分で決め、次々と行動していくことだ。
決断は無論、いざという時のものだけれども、そこへ向けて力を蓄えるため、日々、なすべきことに真摯に取り組む。
下巻になると、意思の力が切り拓くだけでなく、思いがけない偶然や幸運が増え、物語の都合よさが意識されたのは残念な気もした。それは翻訳者も指摘するところだ。
だが、そこで児童文学に造詣の深い脇明子氏の次のような言葉が思い起こされた。

お人好しな正直者は、自分の利害に無頓着なことが多く、現実社会ではたいてい損をする側にまわりますが、天の恵みというものがごくたまに降ってくるとしたら、そういう人にこそ降ってくるのではないか、というのが、私たちのごく自然な考え方ではないでしょうか。[『物語が生きる力を育てる』P33]


決して「すべて善し」のハッピーエンドではなく、むごい状況の変化も待ち受けているものの、世界文学には珍しく、嵐の翌日の快晴のような穏やかな結びが待っている。それがまた、新年を穏やかに迎えられた気分にうまく沿うもので有難かった。
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テーマ : 読書感想文
ジャンル : 小説・文学

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中村びわ

Author:中村びわ
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