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【No.1041】読んだら書いておく…6月23日

記憶力があまりないからこそ、ひとつことにこだわってじっくり取り組めず、次から次へといろいろなものに好奇心が向くので、どう考えても、記録をこまめに残した方がいい。
昔の知人に会うと、「あの時こういうことがあって、あなたがこういうことを言って、こういう結果になって……」という話になっても、それがよく思い出せないということがままある。
ここで昔語りをしたり思い出を書いたりしている時も、ぼんやり記憶の残像だけを頼りにしているから、かなり創作の域に入っているのではないかという気がする。

読んだ本の内容や印象というのも、長くは記憶に留まってくれないもので、オンライン書店に上げた文章を検索して、読み返したりしていると、「こいつ、浅いこと書いてやんの」と抹消したい気分になることもあれば、「へえ、なかなかいいこと書いているじゃない」と誰が書いた文章であるかを忘れてナルシーにも読みふけっていることもある。
この辺がまた、自己完結の自己完結たるゆえん。
読んだら書いておく、体験したら書いておくのは、将来への自分への問いかけでもある。

ということで、何年か先の、プリーストの新作を読む自分へ向けて、きょうは『限りなき夏』(国書刊行会)について書いておいた。プリーストの「分かりやすさ」と「分かりにくさ」が何なのかという分析、試論のとっかかりみたいなもののつもりである。

そして、先ほど長田弘『読むことは旅をすること 私の20世紀読書紀行』についても書こうとして始めたのだけれど、雨降りで走れないと、全身の血行が良くなることによる「ひらめき」に欠け、パラグラフ1つのところできょうはやめることにした。こんな具合……。

<『読むことは旅をすること』という題名には、「読書」と「旅」という2つの行為が含まれているが、両方に共通するのは、好奇心がその源にあるという点、そして、好奇心の度合いに応じて「広がり」や「深み」が追い求められ、成果が得られるという点だ。さらに言うならば、読書も旅も、今ここにある自分の軸というものを少しでもずらしていくことに通ずる。読書体験と旅の体験に誘われながら、素直に自分の軸をずらすことを受け容れるとき、大きなチャンスが訪れることがある。それは遠い「涯(は)て」のような場所に連れ去られるというものだ>
何を書くときも、若干の艶っぽさを出せると面白い、だから「さらす肌」なんだな……と思いつつも、正調・長田節に対しては、きちんと応じた方が良いと判断しての書き出し。
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中村びわ

Author:中村びわ
2004年から2011年まで書いてきた
「本のシャワーにさらす肌」
http://biwa.blogtribe.org/を、
こちらに引き継ぎます。

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