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【No.1382】雑記あれこれ

◇京王線の駅ホームには、朝日新聞写真ニュースの掲示板がある。
写真ニュースと言えば、昔、転校して複数通った小学校には、確かどこにも少年写真新聞社のものが掲示されていた。目に飛び込んでくる「切り取られた瞬間」のインパクトで報道写真の重要性を何となく感じ取り、それがあったせいだろうか、「将来はジャーナリストになりたい」と高学年で作文を書いた記憶がある。

きょう電車を待つ間、明大前駅で眺めていたのは、福島原発への潜入ルポについての一枚。
先月21日の朝刊一面に出ていた内容で、汚染水が23万トンもたまってしまっている上、今も毎日数百トンずつ増え続け、収拾のつかない状況にあるということ。廃炉にできるのは2050年ぐらいという、気の遠くなる現実。

たとえ廃炉の作業に目途がついたとしても、周囲にまき散らかされた放射性物質がクリーンになるわけではない。人々の記憶から遠ざかりつつあるけれど、生物の遺伝子への影響を考えれば、終わりなき災害と言える。

炉が冷却し切れないから大量の水が使われつづけているのだろうし、使用済み核燃料1500本が4号機建屋内にあって、撤去しようにも誰もそこに近づけない様子なら、2050年という目安にしても、現実的な見通しなのかどうかがよく分からない。

2050年まで生きていられれば、私は90歳だ。あの春、高校生になった息子は55歳になるのか。
そう考えると、この現実が極めてSF的だと、何というリアリティのなさなのかと愕然とさせられた。
これから30万トン、50万トンと敷地内に作られるタンクにたまっていく汚染水を、例えばスペースシャトルで搬送し、どこかの星の一画に埋め立てることを考えてみる。考えたところで、その発想が「模倣」に近いことに気づく。
首都圏で使うための電気を福島や柏崎で作り、そういったはるかなる電気のふるさとから、送電線で流しつづけていたのである。首都圏で使うものを首都圏で作っていなかった。
おまけに処分場として、六ケ所村の核燃料サイクルも計画中であった。

「うちさえよければ、よそはどうでもいい」という伝統的な内輪意識、ムラ意識が、「どこかの星」と発想した自分の中にもこびりついている。そういった意識の後ろめたさは、スーパーマーケットで食材を買うのに、10代の息子が食べるのだからと、できるだけ東海以西や北海道等のものをカゴに入れようとするたび、引き摺っている。

原発周辺だけではなくとも、雨水溜まりの検査でホットスポットとして挙げられた場所が近くにあるなら、水の循環や移動する生物の体内に取り入れられることで、放射性物質は遍在化していく。
「食育」が学校教育の現場を中心に普及し、「地産地消」が奨励されてきた経緯があっても、その理念が、未来ある子どもたちの肉体にとって大きなダメージとなるケースもあるはずだ。
地域コミュニティを崩壊させない、それぞれの故郷を復興させるといった社会的価値・経済的価値の実現のため、ヒトという生物体の安全が押しやられていることはないだろうか。その切り口での語り伝えが不足してやしないだろうか。

廃炉にできるまで、再び大きな地震がくることはないのだろうか。そんなことも気になる。その可能性を放置するかのように、東京に大きなイベントを招致することは、果たしてどうなのかとも考える。
<この項つづく>
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