スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【No.1380】梅園のアサイラム・ピース

きのうから、地元世田谷の羽根木公園で「梅まつり」が始まっている。この公園のあるあたりは、昔「根津山」と呼ばれていて、日当たりの良い丘には、すでに一万年以上前、縄文人が住みついていたのだ。梅林は、行楽地とするために植林されたものである(調べてみたら昭和42年からのことだそう)。

多摩川の河岸段丘の連なる地形は「国分寺崖線」と言われ、あちらこちらに湧水がある。崖線の特徴、つまりそれが武蔵野台地を形成していることは、小田急線梅ヶ丘駅の方向から羽根木公園を見上げれば確認できる。
国分寺崖線は「はけ」とも呼ばれ、はけを舞台にした小説として有名なのが大岡昇平『武蔵野夫人』だ。フランス文学者だった大岡が、『ボヴァリー夫人』を意識して書いた戦後日本文学の代表作である。

話をそちらの方に持っていっても良いが、文学は文学通や専門家にまかせておいて、私は、何で根津山はじめ世田谷に縄文人が多く住んでいたのかを知ったかぶりでお教えすることにしよう。
縄文人は、多摩川に水を求めて集まってくる動物たちをねらって暮らしていたのである。つまり、このあたりは、縄文人の良い狩場であったのだ。
(3)25年梅花(1)25年梅花
(5)25年梅花
梅園はまだ早咲きのものが4分の1くらい見られる感じ。これから雪の降る日もあるという話だから、あと10日ばかり経ってからの方が花見は楽しめるのだろう。

西日はもう傾きかけ、人波が引いた後の梅園の方が物思う者には有難い。
家族連れ、友だち連れではなく、ひとりきりで散歩する年配者が目立つのも、この時間帯である。
『武蔵野夫人』ではなく、アンナ・カヴァン『アサイラム・ピース』(山田和子・訳/国書刊行会)から以下を引用。

その狭い緑の空間には三本の樹がある。クルミとサクラ、そして、もう一本の私のお気に入りのほっそりした樹はプラムの一種で、いつだったか、誰かにシベリアスモモだと聞かされたような気がするが、正確な名前は知らない。人生に背を向けられた時、人はシンプルな事物にささやかな慰めを求めるようになるという。(P45-46)

「最近は桜より梅が好きかもしれない」と思う私の傍らに、カヴァンの思索がひっそりと寄り添っていた気がする。
スポンサーサイト

テーマ : 写真日記
ジャンル : 日記

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

中村びわ

Author:中村びわ
2004年から2011年まで書いてきた
「本のシャワーにさらす肌」
http://biwa.blogtribe.org/を、
こちらに引き継ぎます。

最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
最近のコメント
最近のトラックバック
RSSフィード
ブログ内検索
リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。