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【No.1373】ホロコーストに散った作家のトランク



てっきりノンフィクションだと思っていたイレーネ・ネミロフスキー『フランス組曲』は、未完の小説であった。
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人類の大切な財産である想像力が、もう一つの想像力によって消滅させられた悲しい記憶、それをこの小説は象徴している――読後に、そう気づく。五つの楽章のうち第二楽章で途切れてしまった未完の物語が、この先の「天空への大いなる飛翔」を感じさせつつ閉じざるを得なかったことが、とても哀しい。

「ユダヤ人だから」と連れ去られた母親が戦時下に必死の思いで書き続けていた文章をトランクに詰め、「手放すことなかれ」と父親が娘に託す。その父も連行されていく。子は重いながらもトランクと共に逃げのび、終戦後に、父と母がアウシュヴィッツで息絶えた事実を知ったという。
家族の辛い思い出にとらわれるのを避けるため、ずっと読み通せなかった文章が、日記ではなく長篇小説だった。それは実に60年以上の歳月を経て2004年に出版され、フランスで70万部、全米で100万部のベストセラーとなり、今年11月、一緒に残された第三部以降の構想を含むメモや書簡と共に、日本語に全訳された。
『フランス組曲』は枠つきの物語をもう一枚、ジャケットとして羽織ったような、いわくつきの作品である。

フランス版『戦争と平和』と言ってしまえば安易か。登場人物多い群像小説から、数組の男女や家族が浮き彫りにされていく文学作品。題名に「組曲」と使われていることから分かるように、各楽章がぞれぞれに独特の曲想を持ちながらも全体として響き合うよう、共通のテーマやモチーフを意識して作られている。

第一楽章「六月の嵐」は、1940年のドイツ軍侵攻によるパリの無防備都市宣言へと至る日々の様子を、さまざまな市民の動きとエピソードに焦点を当て活写している。第二楽章「ドルチェ」は田舎町が舞台。若い男たちが出征しナチスの捕虜となって戻ってこないところにナチスの若い兵士たちが占領軍としてやってきて、各家庭に滞在することから起こる顛末をいくつか描く。

第二次世界大戦下のフランスと言えば、レジスタンス。フランス映画で何回か観た記憶があって、「デモーニッシュなナチスドイツに勇ましく抵抗する人々という構図が好きだよね、フランス人」と思ってきたが、フランス人がそこを強調するのは、もしかすると、パリを放棄して逃げ出し無防備都市化したという恥辱を拭い消すためであったのかと気づいた。

最初の二つの章には「恥辱」があり、未完となった残り三章で英雄的行為が書かれる構想もあったそうだから、フランスの面目躍如たる流れとなる大河小説であったのかもしれない。しかし、どうも作者は、そういう単純な愛国者の立場として、この大作を書き進めていたのではないようだ。
性差に年齢差、国籍や信教、手にした富、地位、名声などにかかわらず、その人物の持つ個性が非常時のふるまいや意思決定を左右するというのが基本姿勢で、その体現としてのエピソードに共感したり反発を感じたりの読書となる。

ナチスドイツの兵士と聞けば、一様に「おぞましいもの」と受け止めていたが、彼らにしても、大切な家族や生きがい、愛着のある土地から切り離され、異国の地でしんどい教練に耐え、やがて戦いの場へ赴いていかなくてはならない。
侵略されたフランス人は皆が子羊のようにおとなしいわけではなく、高潔な人物もいれば、情けない行為に走る人物もいる。

「ドルチェ」では、若くして経験の浅いままブルジョア一族に嫁いだ女性が、夫の出征により義母と暮らす家へ、ドイツ軍中尉を迎え入れる。夫が戦う敵国の士官であるから、女性は彼を憎んで避けるべきなのだが、礼儀をわきまえた相手のふるまいに、一個の人間として認めて接するのが自然なことだと感ずるようになる。
やがて、中尉が愛した音楽を介し、ふたりの心は通い始める。
あらすじだけ書き出してみると、何やら安っぽいメロドラマのようにも取れてしまうかもしれないが、アンドレ・ジッドの小説のような象徴主義的な印象もある。

リュシルという、このブルジョア女性の魂の遍歴が書き継がれたならば、世界文学史上に残るヒロインになっていたのかと考えると、娘に託された作者のトランクから、作者自身も一緒によみがえる奇跡が起これば良かったのに、と夢想せずにはいられない。
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