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【No.1371】夜毎に紙の頁の上で




 都市の一角を襲った災いの原因をさぐっていけば、一組の男女の不義がある。そのような情報を、此岸の者ならぬ異人から得た高徳の師は、災禍を鎮めるべく名のり出て懺悔せよと懇願する。しかし、応じる者は誰とていない。
 仕方なく、さらに異人の助けを借り、犯人の特定をこころみる。そしていざ、いったい誰なのか種明かしがされると、正体は石橋の下でからみ合う人間ならざるものというのだから、何ともまあ、しょっぱなから人を喰った調子。
 レオ・ペルッツ『夜毎に石の橋の下で』は以下、「落ち」のある滑稽譚めいた章がつづいて行く。ボケあって突っ込みもあり……。

 訳者は、異端の文学、魔術・幻妖・神秘といった地下文化等にも通暁した種村季弘と同じイニシャルを持つ。それは単なる偶然なのか。かの独文学者さながらの小気味よさ・いさぎよさで登場人物たちの掛け合いは再現される。
 加えてNachts unter der Steinernen Bruckeを「夜毎に石の橋の下で」とおもむきたっぷりの言葉に置き換えたセンスたるや、どうだろう。
 幻想文学なるものを偏愛する人の霊魂はやはり不滅。種村氏の肉体で借りぐらしをしていた粋な江戸弁の翻訳魂(ほにゃくこん)は今、ネットやマーケットという魔界迷宮で暗躍する謎めいた人物「プヒプヒ」氏の肉体に宿り、忘れられかけたユダヤ系作家の再隆に心血を注ぐ。

 各章ごとにほぼ閉じられる小さな物語の時代は、おとなしく時系列には並ばず、あちらの時代へ、こちらの時代へと踊り回る。ユダヤの大富豪マイスルが生まれた1528年から神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世が没した1612年までの100年近く、黄金のプラハと呼ばれる都市の、正に黄金期に順不同に散りばめられたエピソード群なのである。
 彼ら実在した人物ふたりを主要人物として登場させ、錬金術めいた構成力の導く先に、イマジネーションの極みと言える不思議な「愛のかたち」を現出させる。
 言うまでもなく愛を扱った小説は古今東西地上にあふれ返っているが、「天使アサエル」という終盤の章で明らかにされる、この奇異な愛についての記述には「何と、とんでもない想像力!」とふるえが走った。次いで陶然と物語から立ち昇る「香」のけむりに酔う。

 この奇異な愛についての記述こそが、それまで繰り広げられていたユーモラスな小説のつづれを悲運な愛の物語、際涯に追い詰められた孤独な人びとの彷徨の物語に転化させてしまったのであった。

 「石の橋」は小さな建造物ではない。聖人たちの像が数十メートルごと左右の欄干に並ぶ、幅広の大通りのようなカレル橋である。それはそれは見事なつくりの橋だ。あの特別な橋の下でなら、どのような不思議が起こっても違和感はない。だが、魑魅魍魎の跋扈を超えた不思議が、一冊の本の中のごく短い章、そこの数行に封じ込められ、60年の時を経て、わが小さな部屋に届けられるなど、世の中は何という奇跡に満ちたものであろうか。幻想は時空を突き抜けた魂の交わりの中でこそ息づくのである。
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中村びわ

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