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【No.1369】アイスランド発、さすがに世界的ベストセラーのミステリ




本に巻かれた帯の惹起文句で、堂場瞬一氏が「警察小説」、大森望氏が「警察ミステリ」という言葉を使っている。カバーをかけていたものだから読み終わって気づいた。
海外小説が好きだが、それが文学かミステリか、SFか幻想物なのかをよく区別せずに読んでいってしまう。「そういや、警察の犯罪捜査の立場で書かれていた」と思い、ふっと高城高の「函館水上警察」が浮かんだ。と言っても、私が読んだのは『墓標なき墓場』(創元推理文庫)だけ。だが、「ああ、インドリダソンの世界と高城高の世界はとてもよく似ている」と、脳に麻酔がきいたようにくらくらしてきた。

寒さが厳しい北の荒涼とした景色の中で、叩き上げの犯罪捜査担当者が動き回る、身を粉にし……。はじめは、どこかで聞いたような事件の一つにしか思えないものが、小さな糸口からこつこつ調べ上げられていく。
「そこを調べるべきなのだ」という捜査官独特の勘が入口だ。ここで忘れてならないのは、その勘が生得のものではなく、捜査官として彼らが不断の姿勢で積み上げてきた能力のたまものだということ。

糸口はやがて事件の真実へとつながる手ごたえ強いロープのように彼らをみちびき、辿り着けた事実の前に、それが大がかりな組織的たくらみの一角に過ぎないことを知らしめす。強力な後ろ盾のない一捜査官であれど、一つの事件の解決で区切りをつけることなく、彼らは巨大なものへも臆せず挑んでいく。

インドリダソン『湿地』(東京創元社)を読み終えた時、「あばく」という動詞が何度も頭の中でひびいた。「あばく」という語は「人々に隠されたものを白日の下にさらす」という意味で、ピラミッドのような墓をあばく場合と、正体や陰謀のようなものをあばく場合がある。前者は目に見えるブツであり、後者は目では見えない。
内容をばらすわけにはいかないけれど、読み終えた人なら、「あばく」という日本語が、このミステリを象徴するのにいかにふさわしいものなのか分かっていただけよう。

インドリダソン『湿地』も高城高作品も、現場の叩き上げの人間がこつこつ地道に働き、そこで手を抜かず、注目すべきものを見過ごさないから成果がもたらされる。すなわち、真相があばかれる。
警察小説を意識して読んできていない私が言うのも説得力ないが、おそらく私たち読み手が警察小説に魅了されるのは、内外の作品を問わず、このポイントだ。地道に積み上げた捜査が、犯罪の真実を「あばく」。それも組織的な大がかりな犯罪の首ねっこを押さえ、それまで不当な利益を得ていた権威を失墜させる。

『湿地』は、しかしそのようなパターンには収めきれない真相に到達する。
いたし方ないと納得すらできてしまう犯罪をどう受け止めれば良いのか。「殺人」の加害者と被害者の罪の重さが反転して書かれ、人の内面の複雑さに心を千々に乱しながら、読み手たる自分の内面の複雑さにも気づかされる。

アイスランドのレイキャヴィクにある半地下のアパートで70歳前後の男性が殺されている。紙に鉛筆で書かれた、意味をなさないメッセージが残されている点が変わってはいたが、現場の痕跡を隠そうともせず、部屋の扉も開けっ放しにされていた不器用な殺人。
被害者はなぜ殺されたのか、被害者がどういう人物だったのかを捜査官のエーレンデュルが探ろうとすると、殺人のあったアパートから、人目に触れないよう、ひっそりと隠された古い写真が出てくる。人物ではなく、ある場所を写したものだ。
そして、被害者が過去にある罪を犯したかもしれないという可能性が浮かび上がってくる。

読みやすく、手に取れば「どうなるか、これから先、どうなるか」と一気に進んでいく読書だが、プロットが分かっていくことだけに満足させられる消費じみた時間にならないのは、読みやすい文体の奥に、深い広がりが感じられる小説だからだ。
犯罪捜査に並行し、エーレンデュルの私生活が描かれる。彼自身が抱える問題、彼の子どもの問題などが、アイスランド社会全体が倦む問題の一例として挙げられているかのよう。主人公の生活と彼の従事する仕事を通し、アイスランドの地理的条件、歴史、結婚と葬式、社会の病理科学技術の受容等が表されている。

本来、からりと乾いているべき場所が湿り気を帯び、不快な湿気やら害虫やら、地盤沈下などの問題の原因となってしまう。そういう土地は、人の暮らしに影を落とすに違いない。
揺るぎない大地で悠々と暮らす人びとに憧れながら、置かれた場所の不安定さに、気と生活を蝕まれ、吐息つく人の哀しみを、インドリダソンはミステリというジャンルの中で、こつこつと地道に表しているのだろう。他の作品の翻訳が待たれる。

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