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【No.1355】災害の世紀の入口


岸本佐知子・編訳『居心地の悪い部屋』(角川書店)といっしょに、左側の『人はなぜ逃げ遅れるのか』(集英社新書)という本を買ってきていた。それを今日から少し読み始める。
2004年1月に出たものだが、私が入手したのは2011年4月の8刷。東日本大震災の影響で書店フェアに並べられたこともあるのだろう、ロングセラー化しているようである。

著者の広瀬弘忠氏は1942年生まれ、東京大学文学部心理学科卒、東京女子大文理学部教授で、専門が「災害心理学」。右側が近著『大災害の世紀を生き抜く』で、これも集英社新書。他の版元からの著書も多い。

全体の15分の1も読んでいないのに、ちょっとここにメモしておこうという気になったのは、先般読んだアン・マイクルズの小説『冬の眠り』(早川書房)に出てきたアスワン・ハイ・ダムについての記述が、プロローグでいきなり「人がつくり出す災害」の例として出てきたからだ。そして、それが原子力発電所の問題、科学技術発展の随伴的結果といったところへ重なると受け止めたからだ。

以下引用――この引用だけで終わりにしてしまう今日のメモ。
(ヨコ書きで引用するに当たり、漢数字を数字に変えています。長い引用で申し訳ありませんが、読みやすい文章だということが伝わり、読んでみよう思う人が出てくるといいな……と思いました)

“エジプトはナイルのたまもの”と言われる。古代エジプト文明は、季節的に氾濫をくりかえすナイル河が、上流からもたらす肥沃な土壌の上に繁栄した農業文明であった。紀元前の数千年も前から、ナイル河畔では、7月から11月にかけての増水期になると溜池に水をひき、有機質に富んだ泥土を沈殿させ、その上に小麦などを蒔いていたのである。ナイル河の激しい増水は、恩恵をもたらすことはあっても、災害ではなかったのだ。
 いつの頃からか、人びとの生活が農業だけではなく、商業、貿易、そして工業に依存するようになるにつれて、人口は増えて稠密になり、食料の増産が必要となった。そして、ナイルの氾濫原にも多くの人びとが定住するようになった。すると、増水は恩恵だけではなく災害にも変わったのである。

[中略]
1970年に完成したアスワン・ハイ・ダムは、このような思想のひとつの帰結であった。洪水という災害を防ぎ、農業のための灌漑用水の確保と、工業化に必要な電力を産みだすための自然改造だった。その結果はどうだっただろうか。広大な不毛の土地が耕地として利用可能になり、小麦や綿花の作付け面積は拡大した。また、水力発電で産みだされた電力は、社会生活や経済発展に役立っている。たがその反面で、ナイルが毎年大量に運んできていた肥沃な泥土はダム湖に堆積して、ダムそのものを危うくしたばかりか、下流域にナイルのたまものである天然の肥料をもたらさなくなった。
(P22-24)
 
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