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【No.1352】喪失の意味と理由を問い続ける人へ

カナダの作家アン・マイクルズ『冬の眠り』(早川書房)に打ち震わされた。

アスワン・ハイ・ダム建設によって敢行された3200年の歴史を持つ神殿の移築。占領の歴史を繰り返しながら肥沃な土と川の恵みにより独自文化を育んできたヌビアという土地の水没。セント・ローレンス海路と人工湖建設の犠牲となった村々の住居や農場、商工業施設、森林、墓地の消失。第二次世界大戦でがれきの山と化したワルシャワ旧市街の復興。

歴史の中で人の手によって蹂躙された土地が、人のために復元され再建されていくという出来事が、人類に背負わされた苦難のごとく重ね合わされ書かれていく。
その苦難を意識させられつつ生きるのは、立て続く悲しい出来事によって夫婦関係を変容させられてしまった一組の男女、そして、彼らと深い関わりを持つ人々だ。

1944年の3月10日に東京下町の工場と住居が大空襲で焼き払われた。2011年の3月11日に起きた東日本大震災そのものは自然災害ではあるが、それに続く原子力発電所の事故は人災だと言える。
季節はやがて爛漫となる春を迎えるこの時ではあるけれど、過去の日本を振り返れば「人の手」によって蹂躙された土地のために生活を変えられた人の数はあまりに多い。
「復元」「再建」が、限りある個人の人生にとって、大きな犠牲をどれだけ埋め合わせてくれるほどのものなのか。答えるまでもなく、答を出すものでもなく、痛みを内包したまま、人は欠落を「失ったもの」の存在感と受け止めて行くのであろう。

「失われた土地や亡くなった人たちのことを忘れずに思い出し、この出来事を教訓にして……」と、犠牲が社会や世の中、ひいては歴史の教えになるのだといくら説明されたとしても、大切な存在を失った人の哀しみは聞き分けよく癒やされやしない。
苦しみ抜きながら新しいスタートを切り、新しい生活を始められたとしても、意識ある限り、失われた大切な存在と過ごせたはずの時間について魂は問いを発し続ける。
「あの場所でずっと暮らしていられたら」「あの人がそばにいてくれたら」……と。
そして「自分が変わらずにいられたら」……と。
自分の変容は、加齢のゆるやかさや日常的な生活の変化がもたらすものと違って、容易に納得いくものではないはずだ。

『冬の眠り』は、上記のような「魂の問い」にじっくり向き合い、深い思索を経て書き起こされた小説だ。だから、人の思索の軌跡を追うのが得意ではない人には読みにくいかもしれない。薦められない。
失ったもの、置き去りにせざるを得なかったもの等について、その意味や重みを振り返り、自分の今との折り合いをよく考える人にとっては、思索のよりどころや羅針盤となる言葉をふんだんに授けてもらえる。

例えば、「きずな」という語が含まれる次のような一節を引いてみる。
日々のあいさつのようなお決まりの言葉として「きずな」が消費されることもある今、「きずな」が指し示す内容と、それがもたらす価値について、確かに私たちは考え直さないといけないのかもしれない。

連帯のきずなにはいろいろな程度がある。職を抛(なげう)つ覚悟で守るきずな。命を危険にさらしても守るきずな。仲間が命をかけたから命をかけるきずなもある。卑怯者になる恥と孤独に耐えられないからだ。助けが必要な時、助けてくれる友。助けが必要になる前に、助けてくれる友。
俺たちは互いの言葉の価値を学ばなければならない。それが何を犠牲にするかを。
(P233/黒原敏行・訳)

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中村びわ

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2004年から2011年まで書いてきた
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