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【No.1037】内に秘めたる「うねり」…6月18日


この本――メアリ・ラヴィン『砂の城』(みすず書房/出してくる小説がどれもこれも渋すぎるぜ)の新版だが、いたって読みやすいのに、昨年のちょうど今時分、読みかけて読み通さずじまいだった。

今、7篇の短篇中、6篇を読み終えて、「あれ、このあたりまでは読んでいるんだよな」と思う(もしかして読み通していたのだろうか)。思うけれども、精神のコンディションが以前と今ではまったく違うせいか、別の本を読んだ気分。
前は、集中力がどこかに飛んでいて(たぶん子どもの塾通いサポートと自分の諸活動がうまく回せていなくて多忙で消尽していたため)、細部にまで気持ちが向かなくて、「アイルランドにも、こういう落ち着いた感じの作家がいるのか」という印象だった。だが、きちんと向き合うと、普通の人びとの内面に潜む感情の一時的なうねりというようなものが覗ける、すごい小説だという印象に変わった。

何せ、ロード・ダンセイニがロシアの小説家のようだと絶賛していますからね。ただものであるはずがなかったのだ。訳者が中村妙子氏であるし、質の低い作品であるわけがない。
それにしても、アイルランドって、国民の10人に1人くらいは小説を書いてでもいるのかと思えるぐらい、小説家が多い。名古屋の愛・地球博のアイルランド館でも、ケルト文化の装飾品や音楽(今のバンドと伝統音楽)の展示に混ざり、優れた作家の多い国だというパネルがあった。

まあ、誰がほめているやら、アイルランドがどうやらといったことは二の次である。問題は「普通の人びとの内面に潜む感情の一時的なうねりというようなものが覗ける」という特徴である。
私自身は、この「うねり」が抑えても抑えても、どこかほころびて外に多少なりとも噴出してしまうタイプであるが、長く人間社会を生きていると、「何でここで意気に感じないのか」「今の状況でプライドを傷つけられ、悔しくはないのか」「すきなのか嫌いなのか、はっきりせい」みたいにドツきたくなるような多くの人びとの反応がはびこっている気がして、そういう現実世界を振り返ってみると、内に秘められた「うねり」の存在を、ちらと見せたり、感じ取らせたりしながら紡がれるドラマの練り方に、ラヴィンは本当に長けた人なのだと感じる。
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2004年から2011年まで書いてきた
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