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【No.1347】だが、どうして この びょうきを なおした ものか

先ほどお弁当のブログに今日の3食を書き出していた。

うちの食材は、週1回、らでぃっしゅぼーやの宅配を頼んでいたり、2ヶ月に1回、庄内から10キロ分の米を届けてもらったりするが、自宅近くや勤め先帰りにいろいろなスーパーや八百屋さんなどで購入することも多い。
宅配もリアル店での買い物も、野菜の産地が千葉、群馬、栃木、埼玉、茨城といった近郊が多いので、土壌や水が原発事故で影響を受けたであろうことを考える。

子どもが乳幼児だったら、らでぃっしゅで手配可能な西日本が産地のお高めの野菜を買うかもしれないが、高校1年生ということで、何となく「手ぬるく」なっている。

原発事故ではなく、1954年3月1日にビキニ環礁で行われた水爆実験の「死の灰」を浴びたマグロ漁船「第5福竜丸」の事件にインスパイアされて書かれたのが、岩波書店で編集をしながら同人誌に童話を発表していた、いぬいとみこ『トビウオのぼうやはびょうきです』である。

父が仲間と出かけて行って、母親と2人で過ごしていたトビウオぼうやは、サンゴの林の先で、朝だというのに突然真っ赤に染まった遠くの空を見て、きれいだと思う。そのとき、ずずずずずーんと大きな音が響いてくる。やがて空は元通り青くなるけれど、空から白いふわふわの粉が降り始める。
トビウオぼうやは、おもしろがって、粉降る海の上を飛んであるくのだった。

真夜中、近所のトビウオのおばさんがやってきて、自分たちの夫が爆発で死んだという噂を聞きつけ、伝えにくる。
悪いことはそれだけではなく、それから毎日毎日、魚の死体が流れてくるのだった。

ある日、トビウオぼうやが頭痛を訴える。母親は、ウミヘビの医者、ヒトデの病院、タツノオトシゴの薬屋を訪ねていくが、どこへ行っても、ぼうやの病気を治してくれるところはない。
やせていくぼうやは、母親を気遣い、「よくなったら、おとうちゃんを さがしに いって あげるよ」と言う。
物語は、トビウオの小さいぼうやを助けてやれる人はいないでしょうかという問いかけで終わる。

このお話は有名で、教科書にも取り上げられたこともあったのではなかったか。反核を訴える絵本として有名で、80刷ぐらいは行っているはず。

何かとても遠いところの話のように感じていたのだが、今読むと本当に怖い。
「今、すぐに健康に影響が出るものではない」というような表現で、食べ物の放射線量をめぐる心配についてはかわされ、報道もほとんどされなくなってきたけれど……。
ゆっくりと進行している極めて深刻な事態について、「助けてやれる人」はいないのだろうと考えると、本当に怖い。
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テーマ : 絵本
ジャンル : 本・雑誌

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