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【No.1345】人が人としてあること


トルストイの『戦争と平和』という大作の印象もあって、「戦争」の対概念のようにして「平和」を長く認識してきた。私が学校教育を受けていた時代には、軍国主義やヒロシマ・ナガサキを繰り返してはいけないということから、「戦争反対」が主眼の平和教育が全国的な流れだった。1960年代、70年代のこと……。

そういう動きは80年代に盛り上がりを見せたけれど、90年代半ば以降、「平和」「人権」といった言葉が空疎だと思われる社会の混乱があり、貧困・差別・環境、いじめ・自殺等に対応していく平和教育が求められる気運が出てきた。そして、ゼロ年代からは包括的平和教育が重視されるに至った。

『平和教育を問い直す』(法律文化社)では上記のような教育の歴史を概説し、非暴力的な人材を育てていく「広義の平和教育」が「教育一般」と差がなくなってきた現代にどう見直されるべきかという課題を探っていく。総論に続いて、複数の著者による「国語教育と平和教育」「平和のための英語教育」「自然科学教育と平和教育」「幼児期の平和教育」他、多彩な各論が充実している。

その左に置いた『平和の文化8つのキーワード』は、1999年に国連総会で採択された「平和の文化に関する宣言」というユネスコの理念を、英語教師たちのグループが解説した小冊子。社会科の先生たちではなく、英語の先生たちがグローバルな人材を育成していくという視点で取り組んだことに独自性があるようだ。

「平和教育」のための時間をわざわざ作らずとも、日頃のいろいろな教育の中で、問題意識を持った指導者が折に触れ、子どもたちに考えてもらう工夫をどうしていけるのかが大切なのだと思う。
私は学校教育のプロではないので、よく分かっていやしないけれど、教科の専門知識と教育技術がある水準に達していることが教師の条件で、それに人格やら教養やらが求められる。さらに、広義の平和教育の諸課題、つまり貧困・差別・環境といった人権を損なう要素に目を向けさせる力が十分に備わっていることも、おそらく重要なのだ。
そこが重視され、しっかり実践されていかないと、たぶん社会は成長していけない。

教員だけで担えないなら、『きみには関係ないことか』(かもがわ出版)のようなブックリストを元に、保護者やら地域の大人やらがまず知識を蓄え、働きかけていくと良いのだと思うけど……。無論、本を中心にしなくとも、アプローチ方法は様々だ。

見出しの「人が人としてあること」というのは、「人権」という言葉では引いてしまうと人に言われたもので、それに代わる言葉がないかと模索する中で、ひとつ考えてみたもの。
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