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【No.1128】ベルリオーズの幻想物語(2)…2月2日

バレンボイムとサイード。こんな本もありましたね。読んでいないけど……。

さて、「ラ・マルセイエーズ」の歌詞である。
本の引用は本の宣伝や言論目的であれば、許諾はなくてもある程度なら許されるというのと違って、例によって歌詞はJARSAC(日本音楽著作権協会)に気を遣いながら、「このブログはどうせ私しか見ていませんから~」ということで日記のように少し書き出してみると、いや、その前に、吉田進さんという方の名訳だという宣伝もしておいて……と。

第1節~第6節の翻訳がCD解説書にあるのだが、「血塗られし軍旗は掲げられたり」「不浄なる血が我らの田畑に吸われんことを」なんていう文字が、すでに第1節に踊っている。
サッカーのように戦闘を意識したゲームならば、試合前に声高らかに歌うのは士気が高まっていいけれども、この国歌、時と場合によってはインストゥルメンタルだけの方が良さそうである。
「震えるがよい、圧政者」「されどこの残忍な暴君どもは!」なんて調子で、あきれるぐらい見事なバリバリ革命歌であることを眺めていて確認したが、バリバリで勢いの良い歌詞なのはもっともなこと。この作詞者はストラスブールにいた工兵大尉で、1972年の4月25~26日の一晩で一気に書き上げたということである。
ベルリオーズが編曲を手掛けたので、「幻想交響曲」とともにCDに収まっているのだ。

おそらく、フランスの義務教育を経た年齢の人ならば誰でも、この歌詞をたどりながら歌っていると、学んできたフランスの歴史のクライマックスが絵巻物のようにして脳裏に広がっていくのだろう。多文化が共生する国だから、皆が皆血が騒ぐということでもなかろうが、人民を虐げる体制的なるものに対して、正々堂々抵抗して勝負を挑んでいくというところに昂揚を感じるものなのかもしれない。
それに比べると、「君が代」は、小石が巨大化して苔がむすぐらいまで千代に八千代に主君の治世や栄華がつづくことを静かにお祈りするといった具合で(この解釈で合っているのかしら。庶民の場合は、川に流されて行くうちに、大きな岩でも小さな石ころから砂塵になっていくんだよね、苔もむす暇がないぐらいに流されて)、自然との共生を意識しながら、どこかファンタジックで、そして植物的に深く根を下ろしていくようなイメージがある。「血だ、肉だ」と血気盛んに狩りに走る文化と対照的で面白い。だから点をもぎ取るよりもディフェンスが大切にされるのかどうかは、よく分からない。

「フランスのファンへのサービス」「元気の良いマーチをやりたい」「ドミンゴの迫力に合った曲をやってやりたい」など、指揮者バレンボイムの意図はいろいろあろうが、こういう選曲ひとつ取っても、この人の個性や志向というものの独自性が分かる。

そして、ベルリオーズ「幻想交響曲」がまた、劇的な要素の多い楽曲で、物語好きな人にはふさわしいものだと言える。ベルリオーズがこの交響曲を作ったのは、女優に恋をして相手にされなかったことがきっかけと言われている。
<この項つづく>
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