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【No.1126】「趣味は読書」を極める…1月26日

どえらく素敵な読書エッセイに当たった。

著者の岩田誠氏は神経内科医で、脳や神経の第一人者。
医師としてエリート中のエリートなのだと思う。なにしろ東大の医学部を出て、現在は女子医大の医学部長。
米国とフランスでの研究歴もあり、ときどき文学作品にも原書で触れている。
専門に関する著書、専門を一般向けにガイドした著書多数で、『見る脳・描く脳』で毎日出版文化賞も受けている。『脳と音楽』『脳とことば』など、題だけ見ても面白そうな本が出ているのに、残念ながら私はまるで知らなかった。
それで、ここに挙げた『神経内科医の文学診断』(白水社)――医学雑誌「Brain Medical」に連載されたものをまとめたエッセイなのだが、最初は、「ああ、誰が片頭痛を持っているとか、誰が胃痛に悩んでいたとか、病跡学みたいなものだろうな」と思って手に取ってみたら、そうではなく、スタンスが非常に新鮮なのであった。
はしがきの書き出しから魅力的なので、長い引用はいけないと感じつつ、引っ張ってみると――

「芸術作品に接する時、私たちはいつも何かしら非日常的なものを期待している。自分の日常的な生に関わりを持ちつつも、それとは独立した見知らぬ何かに出会うことが、芸術を受け取る側の目的の一つである。しかし、このような作品の中に、自分にとって極めて日常的なもの、自分の生の中で最も芸術的ではないと思っていたことが、何気なく、あるいはわざとらしく呈示されているのを偶然見つけてしまうことがある。そんな時、非現実から現実への転換を迫られたわれわれは戸惑い、次いでその作品と自分の間の距離が急に変化してしまうことを感じる」

これと同じことを私はちょうどウィリアム・トレヴァー作品に感じたばかりであった。『聖者の贈り物』読了からしばらく経ち、最近『密会』を読んだばかりで……。 

自分のせいも大きかろうが、これまで他者から嫌な目に遭わされることも多かった。それで人嫌いになってはいけないと、人の偉大さやひたむきさ、ポテンシャルを見つけたいから芸術に触れる。それなのに、どうして人に裏切られて人生がボロボロになっていくような内容の小説をときどき読んでしまい、そして情けないことに、それに感心させられてしまうのか……というようなことをふっと考えたところであったのだ。

この本では、ブルトン『ナジャ』潤一郎『鍵』プルースト『失われた時を求めて』アイリッシュ『じっと見ている目』清張『或る「小倉日記」伝』など(最初の5冊をこうして並べただけで、小説好きなら「おおっ」と思わないだろうか。須賀敦子を愛読したということでタブッキ、ユルスナール、ギンズブルグもあるよ)計30章にわたって古今東西の文学の名著が俎上に上げられている。
岩田先生は、専門の医学的見地から文学作品を解釈したり批判したりするのではなく、かといって作家たちの病跡をたどっていくというのではない。「はじめに」にもそれはきっぱり断られている。日常と非なるはずの小説世界に遊んでいるとき、神経内科の専門医の仕事で出会っているものと同じものに出会うという経験について、あくまで「趣味が読書」の文学好きとして書いているのだ。

病変や発作、病気の症状や兆候などを文学作品から見つけ出し、医学的発見より先に、作家が病気について鋭い観察眼と描写力を発揮していることに感嘆したり、詳しくは書かれていない症状が実はどういうところが悪くて生じたものなのかを推測したり、海外での研究生活の折に知り得た医療者たちの研究や言葉に触れたりと、そういった内容を衒学的でもなく、専門用語ずらずらで素人を突き放すでもなく、須賀敦子の文章を読むような心地よさでもって書いてくれている。
「専門」を持つ人はこのような想像もつかない視点で読むのか、この小説の人物(体質)設定にはそういう意図があったのかなどと驚きがいっぱいあり、とても面白い。
神経内科学を極めた人だからこそ、「趣味は読書」「読書は生きる楽しみ」というところが貫かれていて、それが温かなまなざしや物言い、心向きで書かれている。良い本・好きな本をこのように素敵に紹介できたなら、どれだけ良いだろうと感じさせられた。
ファンタジーや児童文学にのめり込んだ河合隼雄さんの視点で、定番だったファンタジー・児童文学が新しい光を浴びたという功績もあるので、診療・研究にご多忙とは思いつつも、もっと文学エッセイを書いてほしいものだ、もっと読みたいなあと思う。

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中村びわ

Author:中村びわ
2004年から2011年まで書いてきた
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http://biwa.blogtribe.org/を、
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