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【No.1110】世界さがしの旅のつづき…12月3日

斎藤たま氏はたいそう腹の据わった旅人で、「女性でもこういう旅を敢行した人がいるのか」と嫉妬を覚えた。
長い距離を長い時間かけて放浪するように旅するのは、女性にはどうも難しいことだと私は思い込んでいた。というのも、月に一度、数日間巡ってくるものがあるので、そういうときでも活動的に過ごすための衛生用品を補給したり、トイレを探す心配をしたり、体をある程度清潔に保っておいたりを考えれば、あまり開発されていない土地に長旅をするのには躊躇がある。
背中にザックを担いではいなかったのでバックパッカーではなかったが、それに近い身軽な装備で私が旅をしたのも、最長で45日程度であった。

『南島紀行』で彼女は種子島、屋久島を経て、喜界島、奄美大島、加計呂麻島、徳之島を歩き回っている。昭和52年の1月15日に種子島に入り、4月28日に徳之島から東京に戻る船に乗っている。
そういった島々で、彼女はバスやタクシーを使わず集落から集落へ歩いて行き、それぞれの集落で、公民館のようなところや区長の家、出会った人の家などに泊まらせてもらっている。食事も、そのような家々で、あるいは人が寄り合ってお茶を楽しんでいるようなところに入って行って取っている。
若干の謝礼を渡すことが記載されている文章もあったが、どうも地元の人の善意に頼るところ大のようである。
そのようにして彼女は「ことば」や伝承歌、遊び歌などを、足で稼ぐように収集した。

放浪の旅人といえば、現代文学ではこの3人が憧れの対象だろう。私ももちろん、彼らの冒険心に憧れる。
ジャック・ロンドン、ケルアック、ブルース・チャトウィン。
「腹の据わった」と言うよりも、「腹をくくった」旅人と言った方が適切だという気がする。

斎藤たま氏の旅は、走っている列車に飛び乗ったり、そこから飛び降りたりというように、激しくも向こう見ずで死と隣り合わせるような質のものではない。むしろ、おばちゃんが「こんな失敗をしでかしてしまった」「どうにかうまくいって助かった」と大らかに自分なりのペースを保って旅を続けていく安定感が全体を覆っている。書かれている内容も、ありつけた食べ物のことが圧倒的に多く、目に入ってきた自然、人々の暮らしぶり、出くわした行事や慣習といったものである。
しかし、取材したことを次々カードにまとめていくという仕事のため、ゆっくり休む暇もなく次から次へ歩くというきつさもある。
旅の厳しい状況によって精神が研ぎ澄まされていく――それによって初めて見えてくる「世界」があるという点においては、体を張って敢行された男性たちの旅に通じるところもあるように思える。同じ風が本のなかを通り抜けるような気がする。
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中村びわ

Author:中村びわ
2004年から2011年まで書いてきた
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