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【No.1383】『マンゾーニ家の人びと』に込められた歴史観


平成25年が明け、二週間弱かかって、地味だが価値高い小説を読んだ。名訳者として読書人の記憶に残る須賀敦子による大仕事『マンゾーニ家の人々』である。名もない人々が生活の中で交わした手紙をつなぎ合わせて書かれた作品だ。

イタリアの国民的文学作品『いいなづけ』(『婚約者』という邦訳もある)の作家アレッサンドロ・マンゾーニ(1785-1873)を中心に、18世紀後半を生きた彼の曽祖父から、アレッサンドロの9人の子と1人の連れ子、そして子どもたちが築いた家庭までの140年にも及ぶ家族の営みが描かれている。大勢の人々が登場する家族史、長い時代にわたる家族史ならば世界の文学を見渡せばいくつかあり、そう珍しいものではないだろう。しかし、この小説には、伯爵家の男女が、その身分にふさわしいとは言い難い「優雅ならざる生活」を生き抜くために送り合った書簡を、史料ではなく小説の中身として扱った点に他にはない特徴がある。

そうは言っても、家長が有名な文豪というだけで、無名の生活者たる家族のことが延々と書かれた新書版サイズで約600ページの長い小説。これを読んで楽しめるものかどうかという躊躇が初めにあった。
この体裁のペーパーバックになったのは、ちょうど一年前。単行本が出たのは1988年である。図書館所蔵の分厚い単行本を「須賀敦子の訳だから」と借りて読もうとし、ほんの少し進めたところで別の本に切り替えてしまった覚えもある。読みやすい装丁になった、平川祐弘訳『いいなづけ』を面白く読んだ記憶が支えになっていたとはいえ、買ってそばに置いて、きちんと読み通せるのかあまり自信はなかった。

読んでしばらく「おや」と思ったのは、何とも不安定で波乱の多い彼らの日常である。誰かに引き合わされて結婚し、大邸宅で使用人や家庭教師の手を借りて大勢の子を育てつつ社交を楽しむ。文化を享受し、時にロマンティックなラブ・アフェアもあって……といった貴族の生活に対するイメージが、ほとんど通用しない。安定が保障されない最大の原因は、病気だ。
出産は危険と不幸を伴い、体の弱い子どもや若者はあっけなく死に、病を得た者はねばり強く闘病するいとまもなく、家族は失われていく。
「そうか、医療や技術が発展していないとはこういうことか」と思い知らされ、科学とは対極にあるような文学作品の中で、人類の進歩の一局面をつくづく思い知らされる。実際、体調のすぐれない登場人物たちが受ける治療のほとんどは「瀉血(しゃけつ)」である。「体から悪い血を抜く」という中世ヨーロッパ以来の、気休めにすぎないこの民間治療法が何度この小説には出てくることか。
一人ひとりが得た病に対し、まともな見立てがされず、適切な治療が講じられないものだから、せっかく幼年時代を生き延びた子どもたちが、健康な親に手をかけられ養育されるとは限らない。
 
もう一つ、気になってきたポイントが「子どもの人権」である。ヨーロッパの中世社会において「子ども」という概念は存在せず、乳幼児が動物のように扱われることも多く、物心つけば「小さな大人」として労働の担い手とみなされていたということを歴史学者フィリップ・アリエスが『子どもの誕生』で指摘した。近代になって徐々に子どもが大人から分化され、教育の対象として考えられるようになったという、正にその変化の過程が観察できる。

小説を「科学技術の発展」「<子ども>概念の普及」などという視点で読んでしまうのはどうかというそしりも受けようが、手紙というごく日常的な文書を「史料」として発見し、それを材料に執筆した作家ギンズブルグの独自性ある表現方法に感心させられる。
それは、名もない人間の日々の小さな営みこそが「歴史」を構成するものだという歴史観の表明にも他ならないのではないか。

人間関係のもつれ、生活費や遺産等の金銭関係も話題に多いが、すぐに電話する、メールやラインで日に何度も言葉のキャッチボールをするということができなかった時代に、それどころか近代的な郵便制度が確立する前に、手紙を交わした彼らの話題で一番多いのは、相手の「命の無事」を確認し合うことである。血のつながった家族同士、親戚同士、たまたまその社会で縁を持てた友人同士、知り合い同士が、互いの身体の調子を思いやり、自分や係累の身体の不調を嘆きあい、「いたわり」「見舞い」の言葉をギフトとして送り合う。
健康や病気に対する知識も乏しく、はやり病を鎮めるすべもなく、治療が再生どころか病状悪化に加担していたようなところすらあった時代に、そして腹を十分に満たす食べ物や、安全で衛生的な環境も保証されていなかった社会で、人々が日々をどう生き抜いていったのか。それが、その主題自体をまったく意識して書かれたわけではない書簡のいくつもを関連づけて並べ、説明を加えただけのストイックな手法により浮かび上がってくる。
 
余計なことはしない、口にしないギンズブルグの高潔な小説技法も圧倒的であるし、この小説の価値を見出し、邦訳出版を実現した須賀敦子の慧眼も圧倒的だ。
歴史は英雄や偉人たちだけが作っていくものなのではない。名もない人たちの日々の言動一つひとつがまとまり、大きなうねりを作り出していく。『マンゾーニ家の人々』を編んだ知性の根底にある歴史観は、どういう時代を生きる人々にも普遍的なものである。
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【No.1382】雑記あれこれ

◇京王線の駅ホームには、朝日新聞写真ニュースの掲示板がある。
写真ニュースと言えば、昔、転校して複数通った小学校には、確かどこにも少年写真新聞社のものが掲示されていた。目に飛び込んでくる「切り取られた瞬間」のインパクトで報道写真の重要性を何となく感じ取り、それがあったせいだろうか、「将来はジャーナリストになりたい」と高学年で作文を書いた記憶がある。

きょう電車を待つ間、明大前駅で眺めていたのは、福島原発への潜入ルポについての一枚。
先月21日の朝刊一面に出ていた内容で、汚染水が23万トンもたまってしまっている上、今も毎日数百トンずつ増え続け、収拾のつかない状況にあるということ。廃炉にできるのは2050年ぐらいという、気の遠くなる現実。

たとえ廃炉の作業に目途がついたとしても、周囲にまき散らかされた放射性物質がクリーンになるわけではない。人々の記憶から遠ざかりつつあるけれど、生物の遺伝子への影響を考えれば、終わりなき災害と言える。

炉が冷却し切れないから大量の水が使われつづけているのだろうし、使用済み核燃料1500本が4号機建屋内にあって、撤去しようにも誰もそこに近づけない様子なら、2050年という目安にしても、現実的な見通しなのかどうかがよく分からない。

2050年まで生きていられれば、私は90歳だ。あの春、高校生になった息子は55歳になるのか。
そう考えると、この現実が極めてSF的だと、何というリアリティのなさなのかと愕然とさせられた。
これから30万トン、50万トンと敷地内に作られるタンクにたまっていく汚染水を、例えばスペースシャトルで搬送し、どこかの星の一画に埋め立てることを考えてみる。考えたところで、その発想が「模倣」に近いことに気づく。
首都圏で使うための電気を福島や柏崎で作り、そういったはるかなる電気のふるさとから、送電線で流しつづけていたのである。首都圏で使うものを首都圏で作っていなかった。
おまけに処分場として、六ケ所村の核燃料サイクルも計画中であった。

「うちさえよければ、よそはどうでもいい」という伝統的な内輪意識、ムラ意識が、「どこかの星」と発想した自分の中にもこびりついている。そういった意識の後ろめたさは、スーパーマーケットで食材を買うのに、10代の息子が食べるのだからと、できるだけ東海以西や北海道等のものをカゴに入れようとするたび、引き摺っている。

原発周辺だけではなくとも、雨水溜まりの検査でホットスポットとして挙げられた場所が近くにあるなら、水の循環や移動する生物の体内に取り入れられることで、放射性物質は遍在化していく。
「食育」が学校教育の現場を中心に普及し、「地産地消」が奨励されてきた経緯があっても、その理念が、未来ある子どもたちの肉体にとって大きなダメージとなるケースもあるはずだ。
地域コミュニティを崩壊させない、それぞれの故郷を復興させるといった社会的価値・経済的価値の実現のため、ヒトという生物体の安全が押しやられていることはないだろうか。その切り口での語り伝えが不足してやしないだろうか。

廃炉にできるまで、再び大きな地震がくることはないのだろうか。そんなことも気になる。その可能性を放置するかのように、東京に大きなイベントを招致することは、果たしてどうなのかとも考える。
<この項つづく>

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プロフィール

Author:中村びわ
2004年から2011年まで書いてきた
「本のシャワーにさらす肌」
http://biwa.blogtribe.org/を、
こちらに引き継ぎます。

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