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【No.1153】天からの賜り物…5月27日

「きょうはもうおしまい」と思って、夜ベッドの上で上体を起こしながら少しだけ本を読むことにすると、読んだ内容があまりに素晴らしく、「これがきょうという日だったのか」と驚かされることが過去に何回もあった。
昨日もそういう日であった。最もその予兆は午後にすでにあり、恵まれ物を受け取る準備は自分でしていたのかもしれない。
自分が何気なく書くものも、眠る前に少しここを覗いてみようと思った人に、同様の喜びを与えられるようなことができれば幸いだと思う。

 過ぎ去っていく時間、その正体はなんなのだろう、そう思って首をかしげるのは、子どももおとなも同じです。いちにちが、過ぎてしまったあと、その日はどうなるのか。わたしたちのきのうという日、楽しかったこと、悲しかったこともふくめて、その日はどこにあるのか。過去とそれにまつわるさまざまな気持ちを思い出すうえに役立ってくれるもの、それが文学です。物語をする人にとって、きのうという日は、いつも身近にあります。それは過ぎ去った年月、何十年という時間にしても同じです。
 物語のなかでは、時間は消えない。人間たちも、動物たちも消えない。書く人にとっても、読む人にとっても、物語のなかの生きものは、いつまでも生きつづける。遠い昔におこったことは、いまもほんとうに存在する。
(I.B.シンガー『やぎと少年』まえがきより/工藤幸雄・訳/岩波書店)

全部写してしまうわけにはいかないので、あと半分は写さないが、この後、シンガーはこの子どものための童話集を<おとなになる機会を持てなかったおおぜいの子どもたち>に献げるとしている。知らない人のために書いておくと、シンガーはポーランドに生まれたユダヤ人であり、1943年に移住先の米国に帰化した作家である。
1978年にはノーベル賞を受賞しているが、彼はイディッシュ語(「聖」なる言葉とされるヘブライ語に対し、民衆の「俗」な言葉であると、工藤幸雄氏のあとがきに説明がある)で書いた初めてのノーベル賞作家であった。そして、今、イディッシュ語を話す人はどんどん減っている。だから、イディッシュ語で書いた最後のノーベル賞作家になるだろうとも言われているらしい。
<おとなになる機会を持てなかったおおぜいの子どもたち>というのは当然、ナチによって迫害され、虐殺された子どもたちのことである。

この短いまえがきを読んだだけで、思わず泣けてしまった。
そして、シンガーという作家の偉大さを改めて確認した。 


上に並べた通り、シンガーは一般向けの文学作品も書き、子ども向けの童話も書いたのである。そして、そのどちらのジャンルにおいても傑作を残した。
どちらか1つのジャンルだけでも、傑作と言われるものを残すことは非常に難しい。しかし、彼は両方において、類いまれな傑作を残した奇跡的な作家なのである。
(『ショーシャ』『カフカの友と20の物語』リンク先には中村コメントあり)

まえがきの素晴らしさにつられて全部読んでしまった『やぎと少年』は、『お話を運んだ馬』のように面白おかしかったり奇想天外だったり、じんとしたところもあったりという素晴らしい童話集であった。『まぬけなワルシャワ旅行』も一昨年出た『タイベレと彼女の悪魔』(地味だけど質の高い作品を出しつづける吉夏社さん、グッジョブ!)も読みたいと思う。
それから、『やぎと少年』にはモーリス・センダックの見事な挿絵もついている。センダックもまた、ポーランドからのユダヤ系移民で、絵本作家として最高峰の1人である。代表作『かいじゅうたちのいるところ』は、5本の指に入れたい好きな絵本である。
<この項つづく>
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【No.1152】児童文学を評する難しさ…5月25日

3月に子どもの本のイベントの一企画で、荒川洋治さんが話すのを聞く機会があり、これがとても面白かった。
対談のホストが岡崎武志さんという、古本のガイドをよく書いているライターさん? よく知らないのだけれど……。

人が本について話すのを聞くより、あるいは書いたものを読むより、本を読んでいた方がいいように感じるので、話を聞きに行くこともほとんどなくなってしまい、これも元々はお付き合いで出かけて行ったのである。内容にはあまり期待していなかったし、「現代詩の荒川洋治」という認識しかなかったのだが、荒川氏がものすごい文学の読み手であることを今さら知ったのであった。
そういや、朝日新聞に時々、文芸時評を書いていたような……。

荒川氏の村上春樹観など面白おかしく聞いて、そこでキャッチしたパレスチナ文学カナファーニー『ハイファに戻って/太陽の男たち』をしばらくして読み「おお、やはりすごいものだ」と感心し、誰の何という作品が素晴らしいという情報を半分ぐらいは頭に入れて……。
それと、「今の若い文芸評論家は総辞職。本をいっぱい読んでいるのは分かるけれども、それを難しい言葉でこねくり回して書くから、文学が余計専門的なものだと見なされてしまう。文学は一部の愛好家のものではなく、生活していくための実学なのだ」「昔は若い人が読む本というのがあって、それは大人が読む本とは違っていた。今は若い時代に読む本というくくりがなくなってきて、それが読書界に大きな影響を及ぼしている」というような感じのポイントの話を非常に深く納得しながら、うんうんと聞いて帰ってきた。
「自分の場合は、本から得たエッセンスをちゃんとより良く生きていくための姿勢に反映できている」という自惚れでもって、「私は悪くない読者だ」と自画自賛しながら良い気分で帰ってきたのである。
荒川氏は話術の妙手で、独自の価値観を伴った情報が素晴らしく、終わった後はオーラを消して、一般人のようにして人ごみにまぎれサササッと、たぶんタバコを吸いにお茶の飲める店へと単身消えていく姿もお見かけし、ちょっとしたファンになってしまった。

文芸評論の難しさはさておき、私は、それより難しいところにあるのは児童文学評論ではないかと思っている。
児童文学評論の場合はまず、「誰のための評論か」という、スタートラインに立つ前のところから議論が求められるからである。
だって、児童文学は児童が読むものであるから、彼らにとって良い本の紹介がされることが望ましいのだが、実際には、児童文学評論は、児童文学を愛好する、あるいは子どもに紹介する大人のためのものとなっている。その辺がどうなのかという議論がまずは難しいところである。
その他にも問題はあり、愛好する大人のためのものだからなのだろうが、児童文学評論を謳っているような雑誌においても、それがただの感想文集になりがちなこともある。
つまり、たとえば宮澤賢治の特集号を組むとすると、「賢治文学をどう斬るか」という新たな視点が提示されるのではなく、「私にとっての賢治」みたいなエッセイばかり並び、おおよそ読む気にならない思い込み文集になってしまう(追記:これはもちろん、名の知れた物書きや有識者が集まって名文を読めれば良い企画だ。しかし、名も作品も知られていない児童文学作家や児童文学周りの人が書いてばかりでは仕方ない)。ざっくり書くと、これが児童文学雑誌の振るわなくなった原因であろう。その前にすでに、日本では、児童文学にほしかった才能がよそへ行ってしまったということもあろう。つまり、評するべき作品の長年の不作という現象である。

というわけで、荒川洋治氏と似た考えなのだが、「文学はもういいんじゃないの」ムードの村上春樹氏に児童文学でも書いてもらうと良いのではないかとも思う(今、思いついた)。

この児童文学を評する難しさというのは、実は下のカルヴィーノ『カナリア王子』とフォンベル『トビー・ロルネス全4巻』について書いていて、つくづく感じた(「評」というのは「草書評」であって、本格評論でないのは承前のこととして)。

『カナリア王子』は、児童向けの本だというところを捨てて、彼の奇想天外な物語の源となった大仕事、同時にイタリア文学やイタリアにとっての大仕事という点に逃げて紹介文を書いてみた(そう書くよりなかった、というのが偽らざるところ)。


ひいひい言いながら、きょうやっと第3巻について書いた『トビー・ロルネス』。実際、ロレンス・ダレルの「アレクサンドリア四重奏」の各巻について何か書くより難しいんじゃないの、これ……という感じ(アレクサンドリアについては、特に第3巻の圧倒的エジプト観、世界観に打ちのめされながら、それについてタイミングを得て書く機会を逸した。読後忙しくなってしまったことが悔やまれて仕方ない。再読ののち何とか第3巻以降も書きたいものである)。
草書評なりに、独自性や書く意味を模索しながら工夫、挑戦しているけなげな姿(笑)。これを受け止めていただければ、と願うのよね。

【No.1151】面妖な本…5月21日


最近読んだ面妖な本を3冊並べたけれど、おお、かっこいいじゃん。

『地獄』という英国怪談中篇傑作集には違う作家の3篇が所収されており、そのうちのメイ・シンクレア「水晶の瑕」――どういうお話なのかはリンク先の紹介を読んでいただけば有難いとして、その話とシンクロするような出来事があった。

久しぶりに連絡を取った女友達が、しばらく前に転職していたのは知っていたけれども、業界も変わって転職していた。
何と、スピリチュアル・カウンセラーになってサロンを開業していたよ。
いろいろなセッションに参加したり、訓練を受けているうちに霊能が高まってきたというのだ。
実はその方面、私も少し興味を持っていまして、その手のサイトを開いて見ているぐらいなのだが、怪しげなところもあるカウンセリングだけれども、どうも彼女の施術は効果がありそう。
昔からそういうオーラ、つまり一緒にいると、こちらの邪気を吸い取ってくれるような癒しの力に満ちた人であったので、とても良い転職だったのではないかと思う。
「私もそうそう精神的に楽な人生を送っているわけではないので、そのうちお世話になるかも」というようなメールを出したら、その夜、遠隔何とかというのか、彼女が力を送ってくれているのではないかと思える感覚があった(追記:彼女の日記を読んでいて知ったのだが、きちんとしたヒーラーというのは、相手に断りなく勝手に力を送るようなことはしないそうである。施術になる場合は、予め相手に合意してもらうことが必要なのだそうだ)。

てのひらが縦に長い人は霊感が強いらしい。何の信憑性もない話だが、私もてのひらが縦に長く、霊感が強そうだと言われたことはある。
霊感ではなく、「気」が強い、「押し」が強いのだという話もある。

そういうスピリチュアルな世界のページをのぞくと、「カルマを浄化」「錬金術」「変容」といった用語が出てくる。こういうものを見て、「ああ、こりゃ、ダメだ」とぱっとひらめく人は、当たり前だがもうそこで扉は閉ざされている。閉ざされていることが、その人にとって良いということもある。
私の場合は、「どこかうさんくさい」という猜疑心もあるが、「面白い」という好奇心の方が打ち克つ。芸術的なものに惹かれる人間には避けて通れない要素であろう。
『地獄』に作品が収められている3人の英国人作家にしても、『白魔』のアーサー・マッケンにしても、世紀末から20世紀前半あたりに怪奇小説を書いていたような人、あるいはそれ以外の知識人は超常的存在や力を信じ、そういうことについて語り合ったり、ときには集会を開いていたわけであるし、その時代の英国に限らず、霊的なものはヒッピー文化やロック・ミュージック、現代アートなどにも響いている。

元々まじないや霊媒は原始的世界からつづいてきたものであり、いまだにそういう儀式、霊的体験を大切にしている民族、部族が地球上にはたくさんあるわけで、芸術に限らず、日々を善く生きたいがためインスピレーションの作用を当てにするというのは、「世の中が下向いてくるとスピリチュアルなものが幅をきかせる」という指摘とはまた違う次元で脈々と人類に受け継がれてきたことだ。

人類――しかし、スピリチュアル・カウンセラーたちが口にすることで私が一番面白いと思うのは、「地球外生命の魂を持つ人」というものである。
『白魔』のアーサー・マッケンもそうだが、ロード・ダンセイニもそうだろう。あるいは、幕末~明治を暗躍したというベルギー人のモンブラン伯こと白山伯もその種の人だったのかもしれない。明らかに、この世のものではない魂を持っていた人だったのだと容易に思える。

では、地球外生命ならば宇宙人なのかというと、どうもその表現はしっくりこない。だが、人間という肉体は確かに地球上のものであっても、霊魂というものはすべて「地球上」に縛れるものではない。いかなる俗人、俗物であろうと、死して霊魂、霊的存在になれば、それはすべて地球外の存在になるのだと言えやしないか。

幻想文学や怪奇小説を読むというのは、あるいは、まじないや霊的生活から切り離された現代の人びとが、知らずのうちに、そういうものを求めているということなのやもしれない。
霊気が満ちた自然を相手に仕事をしたり、そういう場所で暮らしているという人は、果たして幻想小説を欲すだろうか。その必要はないのではあるまいか。

【No.1150】10代の置かれている場所…5月7日

何か「子どもの日」に向けた統計で、全人口に占める子どもの比率が都道府県別で11~14パーセント程度で、子どもが珍獣化しているって?
うちでも1匹飼っていて、それを伝えると「やっべぇ。やっべぇ」と申しておりました。
「将来、社会を支えていく」ということについて、私のときには考えられなかったほど鋭敏に感じている様子。
こないだも真顔で見つめられ、「介護はオレがやらなくちゃいけないの?」と訊かれた。
「大丈夫。お母さん、お父さんを看取ったあとは、贅沢な施設に入るお金はたんまり残しておくから」とは請け合えなかった。

「10代が置かれた場所」って、10代と言っても10歳と19歳では、30歳と60歳ほどに違いはあるだろうから、都合の良すぎる見出しなのだけれども、見出しってそういうもの(目を惹くためのもの)だから……。

どちらも映画の原作であり、ヨーロッパの本というぐらいしか共通点はないが、「10代」というテーマでくくれないこともない。
『エル・スール』は、スペインの小説。女の人が少女時代について語るのだけれど、亡き父へ向けての語りとなっている。主に父親から受け継いだ「孤独」の資質について内省的に語る。

どこに生まれようと、10代は成長する年代であるゆえに、自分というものが確定できない。自信が持てずに、自分という存在を模索しつづけている。それも最近の調査で、自己肯定感の持てない若者が多いということらしいのだが、そればっかりは時代がどうのこうのではなく、自己肯定感が持てないのは当たり前という気がする。
ただ、遊ぶのに忙しかった昔の子はあまり内省的になる時間がなかったけれども、外を駆け回るスタイルの遊びが消え、家で数少ない友だちやきょうだいと遊ぶ今の子は、自分について考える時間が増えているのではないかという気もする。それも閉塞的に……。やはり時代の傾向か。
この辺、内山節氏『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』(講談社新書)にも書かれていた、生命の自然との一体感がなくなったという点にもつながっているのかとも思う。内山氏のこの新書、新書とはとても思えない、昔の中公新書ばりの濃い内容である。

『教室へ』はフランスのノンフィクション。
コレージュと呼ばれる中学校でフランス語教師をつとめていた著者が、教室や職員室の日常をひたすら綴った記録。
感想や見解、主義主張が省かれて潔く書かれている。それが痛快。
パリ19区という移民が多い地区だけに、フランス語の学習は困難を極め、さまざまな子が集まっているので、こぜりあいや問題が絶えない。
「何がどうだ」と断言されていないので、教育についてああだ、こうだと話をしたい人たちが叩き台にするのに非常に良い材料だと思う。

話が飛んでしまうけれども、昨年、東京都写真美術館で見た「世界報道写真展」で、スペインの若者たちが撮られている写真があった。幼いころに性的虐待を受けたのだという。
スペインでは、子どものときに虐待を受けた経験のある人が3割だか4割だか、尋常ではない数がキャプションとして付いていて驚いた。10代以前の話なのだけれど、子どもを取り巻く環境の困難って、自分が考える以上に世界には満ち溢れてしまっているのだと愕然とした。

【No.1149】装釘萌え…5月6日

その昔、六本木WAVEや渋谷CISCOなどで、ロック系のアルバムを1~2ヶ月に一遍、3~4枚ずつ所謂ジャケ買いしていたことがあったけれど、本に関しては「ジャケ買い」というものはそうない。
しかし、4月の頭だったか3月の末だったか、「この本、結構高いなあ(本体2600円)」と感じつつ、どうしてもその場で手に入れたい衝動に駆られ、新宿ブックファーストの海外文学新刊面陳棚からさっと持ち去ったのが(いや、万引きじゃありませんよ)、下の『ブルターニュ幻想民話集』(国書刊行会)なのだが、この書影では何がそんなに良い装釘なのだか分からないですね。

何がポイントだったかというと、これ、竹尾あたりで扱っていた洋紙の何ていう銘柄だったか、墨を流したような柄の洋紙なのだが、そこにタイトル他が金で箔押しされている。「海外文学系で箔押しを久しぶりに見た」ということで胸がきゅうんとなりまして、どうしても手ぶらで、その場を立ち去り難くなった。

それで、このカバーを取ると、本体表紙には古いヨーロッパの本からでも取ったと思われる不気味な図版の数々が洋紙と同系色で印刷されており、そちらのタイトル回りとデザインあしらいはスミ色。不気味な図柄は、帯にも利用されている。
そして、実は私、箔押し萌えとともに「約物」萌えでもありまして、「約物」というのは今で言う絵文字、携帯電話に絵文字として入っている記号のようなもの。◆やら【】やら☆などです。
これをJISの標準記号ではなく、デザイナーがオリジナルで利用しているような凝った装釘が好きで(杉浦康平門下の工作舎のデザイナーたちの得意技)、この本では目次のページに、ブルターニュの旗の一部で使われている約物なのだろうか、特殊なものが使われていて、それも良い。

かんじんの中身の民話はもちろん面白く、物語以前の、人が話したままの「再話」という形態で、フランス版『遠野物語』となっている。これをチロチロ読み進めている。
それで、装釘者の名前を確かめていなかったのだが、2週間ぐらい前に見たら、「白井敬尚形成事務所」だって……。
「あれっ、白井敬尚って、知っている名前だ」と気付いた。以前の仕事仲間のご主人なのであった。

いまだに年賀状を彼女からもらっていて、それがいつも彼女が趣味で育てている山野草を写真に撮り、それをあしらったもの。デザインはこの白井氏がしているのである。
結婚するときに、「頑固なデザイナーだ」と言っていた。「何で結婚式に行った記憶がないのだろう」と思ったが。彼女たち、最近話題になった雰囲気の良い某ガーデンで家族だけで食事会をしたのであった。人のプライバシーはどうでも良い。そういうお洒落な人たち……という意味合いではある。

このジャケ買いのとき、私は本を1冊だけ買って帰るというのがどうも苦手なものだから、「何かもう1冊、コーディネートして買って帰るぞ」とお洋服を求めるときのような真似をした。この場合、コーディネートの要素は色である。
「水色っぽい表紙、水色っぽい表紙」と店内を探し歩き、結局、表紙のなりの良さと共に内容が面白そうと思えて買い求めたのが【No.1145】に書いた、旧ソ連での連続殺人事件を扱った『子供たちは森に消えた』の文庫本なのであった。

紙を扱っている竹尾は素敵な商売をしていると思うので――
ショールームである見本帖本店はこちら
昔から、デザイナーご用達の青山見本帖はこちら
息子が卓球用品を買いに行く高田馬場の「国際卓球」に初めて行ったとき、店の雰囲気が何だか青山見本帖に似ているなと思った。店舗設計者が同じなのかな。地球儀専門店やら、こういった専門店に気軽に足を運べるというのは、東京の人間の贅沢だとつくづく思う。

【No.1148】絵本の表現のつづき…5月6日

第二次世界大戦中、ロサンゼルス近郊のマンザール日系人収容所で写真家の東洋宮武がレンズを持ち込み、収容された仲間と作った手製のカメラで人々の生活ぶりを密かに撮影していた。【No.1147】で表紙を貼った『東洋おじさんのカメラ』は、その事実を伝えるドキュメンタリー映画の公開に合わせ、タイアップ企画として出された絵本のようである。

絵本の文を担当したのは、ドキュメンタリー映画の監督であるすずきじゅんいち氏、そして細君の榊原るみさん。彼女が読みきかせのボランティアを長くしているということで、絵本の形でも東洋宮武を紹介しようということになったのだと思う。
映画の方は現在、渋谷区恵比寿の東京都写真美術館のホールで公開中で、今月22日まで上演の予定。
写美の案内はこちら
東洋宮武についてのサイトは こちら

東洋はロサンゼルスのリトルトーキョーで人気の写真スタジオを経営していた有名人で、アンセル・アダムスとも親交があったという。それもあって、密かに利用していたカメラが収容所所長の知るところとなったとき、アダムス他の写真家たちの勧めで、所長は東洋を収容所の正式カメラマンに起用した。
すでに米国国籍を取得していた日系人もここには収容されたし、のちに米国人としてヨーロッパ戦線に出征することになる二世たちも収容されていたようである。

そういった複雑な事情はさて置き、絵本は「戦争中にどういうことがあったのか」ということを子どもたちに分かり易く伝えるために、「砂漠の収容所に迷い込んだ捨て猫」という狂言回しを立て、その猫の視点から、自分にやさしくしてくれた東洋おじさんのことを表現するというお話になっている。
絵本や童話を作るときに、このように動物の視点を借りる、子どもの視点を借りるという方法で、大人社会の問題を紹介していくというのはオーソドックスな方法であるが、この絵本でも、それがうまく機能している。
絵の方は、絵本を手がけるのは初めてというタブロー画家が描いているが、端正な鉛筆画の力作で、時間をかけて丁寧に制作された感じで、とても好感が持てる。

「何だ、これ?」と思わせる前衛的な表現も、それはそれで評価されるべき冒険的な価値はあるが、やはり読者対象が限られてしまうし、できるだけ多くの人に何かを訴えようというときには相応しくない。
その意味で『なぜ戦争はよくないか』のアリス・ウォーカーの表現にも、絵の表現にも、何か惜しいようなものを感じる。比較はどうかとも思うが、『なぜ戦争はよくないか』に比べると、『東洋おじさんのカメラ』は、多くの子どもや大人たちに視覚的なことから入って東洋宮武のことを是非とも知ってもらいたいのだという意欲が伝わってくる。
いろいろな立場や境遇で戦争という事態を迎えた人がいて、その時代をどのようにしのいだか、生きたかという問題提起は、「戦争の悲劇を次の世代に伝える」ための多様な方法のなかの、1つの貴重な方法である。伝承のための分かり易いツールがまた1つ増えたことには、大いなる価値があると思う。

【No.1147】絵本の表現…4月30日

福音館書店で月刊絵本「こどものとも」を大きく育て上げた松居直氏は「絵本はおとなが子どもに読んであげるもの」と言っている。私の場合、それよりややルーズに「絵本はおとなと子どもで楽しむ本」と捉えていて、英米他で言うPicture Booksという美術書扱い的な感じと、日本で言う「絵本」は若干ニュアンスが違うことを面白く感じている。
そういうことを考えるのは、やはり下のような絵本に触れたときだ。

昨年暮れに出た『なぜ戦争はよくないか』(偕成社)と、つい最近出た『東洋おじさんのカメラ』(小学館)、これはどちらも「戦争」というものを扱っている。対照させて読んでみるとその差異から読者対象を思い、上のような「絵本のあり方」を考えるのだ。

「絵本のあり方」って、絵本については語りたいという人が多くて、「こういうのがいい」「こうでなくてはならない」など百家争鳴だけれど、まあ、よりどりみどりいろいろあり、端っこのところでは、可能性を押し広げて行くような動きが絶えなければ良いのではないでしょうか。
他の様々な創作のジャンル同様に……。

『なぜ戦争はよくないか』はスピルバーグ監督の映画化でも有名になった『カラーパープル』が代表作の黒人女性作家アリス・ウォーカーが9・11テロ事件に触発されて文章を書いた作品。
これは、「中学生に送る偕成社の新刊絵本2009」シリーズとしてセット組もされていて、セットの方は主に学校図書館に向けて販売される。すると、学校によって対応は様々だが、図書委員の子どもたちが選書したり、司書教諭ないしは図書事務担当の人が選書したりして、元は税金である学校に割り振られた図書予算で購入する運びとなる。
お金は持っているけれど本のことがよく分かる人がいないという学校では、営業マンに「ドカッと行きましょう、ドカッと」と押し切られるようなケースも、学校販売にはあるでしょうね。

話がそれたけれども、対象が中学生の絵本で、内容を改めるとまったく小学高学年、中学生以上向きという感じである。
「戦争」が人格化されているのだ。したがって、ある一定の読解力が要求されてしまう。
戦争というものがなぜ人間のように書かれてしまっているのかということが薄ぼんやりとでも意識されないと、読むのにちときつい。
「理解まで及ばなくたって、内容のインパクトに打たれる経験だけでも構わない」という意見もありとは思うけど……。
書き出しがこんな具合。

戦争は なんでもできる
どんな国の言葉も話すことができる
でも カエルたちに
何を どう話せばいいか
戦争はなんにもわかっていないのよ
(長田弘・訳)

「はあ?」という感じもありますよね。一体何の話が始まってしまったのかと煙に巻かれるような気分も……。
しかし、読書人を気取る場合は「はあ?」はまずい。言及する表現が試される、的なこともある。
まあ、たちの悪い冷やかし口調はよしておいて……。

戦争という主体が縦横無尽に冷酷非情であるという描写や説明が貫き通されている。それに見合う絵がついているのだが、牧歌的な人びとの生活がイタリア人画家によりカラフルに表現され、それが徐々に害悪に侵食されていく様子が描かれている。コラージュが効果的に使われている。
テキストと絵で芸術性は高く、絵本界の端っこの方で、絵本表現の限界を押し広げているような感じがある。おそらくその意味で出版価値が認められ、賞として評価に値するという質を実現している。
その質の評価をもっとしっかりやれと言われれば丁寧に書けないこもないが、正直、苦手な本であるので、これぐらいで……。

ただ、もう1つ言えるのは、米国向きというか、米国らしい絵本だとも言える。
先生が生徒にものを教え込んで行く日本の教育現場にはあまりなじまない。こういう本を持ち出して、円座になって議論をしていく授業をするような国の教育になじむ。そんなことも考える。
<この項つづく>

【No.1146】パンデミックの不安…4月29日


突然、人びとの視界が真っ白になる伝染病が広がるという話。
ポルトガル作家サラマーゴ作品で、最近、映画が公開された。
拙評はこちら(ちゃんと書いていない昔の文章は恥さらしですね。気をつけよう)。

エイズのように、一般人にとっては「何か遠い話」という感覚ではなさそう。
それと、南北問題というものが貧富の格差だけではなく情報格差につながり、もちろん衛生格差や医療体制格差、教育格差にもつながっていることが恐怖として現実味を帯びてくる。

私も連休イベントを1つ、つつがなく終え、これから別のイベントに協力予定、連休後の週末も、小さなイベントが2つ。
こういうものも、「中止」などということにならないといいけれど……。

実は2週間ばかり前、ウイルス性の胃腸炎にやられてしまった。
急な症状が来る前の数日間は、家での仕事ばかりだったので、人に接したのは家族、宅配の数人、そしてスーパーでさっと買い物したときぐらい。その前の感染だったのかもしれないけど……。あまりにも意外だったので驚き、発症の日の小イベントはペアの相手にお任せした。無理すれば出かけていけそうだったのだが、出かけないで良かった。ウイルス性だろうと医師の診立てで言われたのは翌日で、自分では何か食べ物に当たったのだと思い込んでいた。

マスゾエ、ガンバレ。
アサヒシンブンハ、オトクイノ アオリニ ナラナイヨウ、キジノ ミダシノ ジノ オオキサニ ハイリョセヨ。

ミンナ、マスクホカ カイモノヲ スルトキハ、ユズリアイノ セイシンデ イコウ。
パンデミックハ ジブンダケガ タスカレバ アンタイト イウモノデハ ナイ。

【No.1145】文学の生まれてくる風土のつづき…4月26+29日

美しい絵画の話のはずなのに、強烈に残酷なノンフィクションを持ち出すのはズレている気がしないでもない。
しかし……。

ブラコフの経験では、被害者の眼にわざわざ傷をつける殺人犯はほとんどいなかった。生殖器に損傷を加えるケースのほうがはるかに多い。四体の死体はほぼ同じ地域で発見され、同じ年に殺され、しかもいずれも眼に傷を負っていた。同一の犯人の仕業だと考えてまちがいなかった。ブラコフの頭には古いロシアの迷信が浮かんでいた。それは、殺された人間の眼には殺人者の姿が焼きついている、というものだった。ことによると犯人はその迷信を信じていて、証拠湮滅(いんめつ)のために犠牲者の眼球を抉り出したのかもしれない。(P45/広瀬順弘・訳)

書影のリンク先で、『子供たちは森に消えた』がどういう本なのかを説明してみている。50人を越える子どもや保護者が犠牲になった1980年代のソビエト連邦~ロシアでの殺人事件について、ソ連に10年駐在した米国人ジャーナリストが著したのである。そこで私が最も注目したのは、この「迷信」についての記述だ。
ネタばれに近くなってしまうが、捜査官ブラコフの推察は、いい線を行っていたのである。ブラコフはプロレタリアートから身を立て、ブルーカラー労働者の理想として尊敬を集めたあと、不本意にもならず者の集まりである「民警」に選ばれ、この連続殺人事件の解決に心血を注いでいた。

ソ連という国家は、言い換えるならば共産主義国家というものは、伝統や土俗性、地域色や民族性といったものを排除する。それは、すべての人民を公平に受け止めた上で、富を公平に分配することを理想としているからだ。その理想の下、科学的合理性に基づく生産を行っていくという姿勢があるからだ。
そのような国家で起きた信じ難い連続殺人事件が、共産主義の理想の網の目をどんどんくぐりぬけながら展開していったところに注目して、作家はノンフィクションを仕上げている。理想は高くても、あらゆるシステムが機能不全に陥っていたソ連という国家を象徴するかのような事象が分析されていく。
その中で、人の行動や意識を規定する「迷信」という極めて土俗性の強いものが事件の特徴となっている。そのことが注目すべき点だと思えたのだ。

今回のトレチャコフ美術館展は、そのような科学的合理主義と土俗性が消化し切れなかったソ連、その前史に当たる時代の絵ばかりが見られるわけなのである。
迷信や語り伝えといったものや風景がかもし出す詩情が満ち満ちた、古典的なロシアの日常や眺めだと認識して一つひとつの絵の前に立つと、何とも言い表し難いロシアの趣きや香りが伝わってくるのであった。

[以下29日に付け足し]
迷信が社会に生きているかどうか、人の生き方をどう左右するのかどうかといったことを上のように考えていたところ、昨日書店でこんな本を見つけた。

書き手が、在野の哲学者から出発し、里山に関する社会活動をしながら東大や立教大で教えるようになった内山節氏なので興味深く読んでいる。内山節氏の著作を教えてくれたのは、地味ながら良質な著作活動を行っているノンフィクション作家Y氏である。
『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』は、1965年を境にキツネに化かされるという話が少なくなってきたという人から聞いた事実に注目し、日本の社会と日本人の精神のありようの変化を探っていこうというものである。

では、伝統や土俗性、地域色や民族性がないものは文学ではないのかということになってしまうが、そういった要素が濃いか薄いかは、ジャンルという要素にも密接に結びつくので、すぱんとは言い切れない。ただ、書き手の個性を規定する要素が何なのかといったとき、氏育ち、生い立ち、情報力、人間関係といった属性が大きな部分を占めるが、それを外側から支えているのが土俗性や民族性なのだろう。
迷信に代表される土俗性や民族性が文学作品なり芸術作品から消えて行き、グローバル化していく流れを、新たな可能性に満ちた土壌と捉えるのか、文学的・芸術的土壌の退化と捉えるのか。

トレチャコフ美術館展では、何枚もの風景画からびりびりと霊性、霊的なるものが飛び交っているオーラが伝わってきた。
それとは別に、クラムスコイやレーピン、ツルゲーネフ、チェーホフ、トルストイといった芸術家、文豪たちの自画像や肖像画が印象深かった。
チェーホフの顔が、池澤夏樹氏と堀江敏幸氏の顔を混ぜたような感じであったのには苦笑したが、そのような戯れ言はさて置き、トルストイの肖像画の前に立った私は、両手を合わせて頭を垂れたい気分になったのである。
ロシアの魂の象徴のような、その作家の前で、日本人読者たる私がとても日本的・伝統的身体所作で接したくなった。その瞬間は、今思い出してみると、何かとても不思議な巡り合わせの交流であったと感じる。

【No.1144】文学の生まれてくる風土…4月17日

きのうは渋谷Bunkamuraで「国立トレチャコフ美術館展 忘れえぬロシア」を観てきた。
この展覧会、6/13-7/21に岩手県立美術館、7/28-10/18広島県立美術館、10/24-12/13郡山市立美術館を巡回する予定。
分かりやすい絵で、古い時代のロシアの田園地方と人びとを訪ね歩く旅をしているかのような気持ちになれる。さらに、分かりやすさだけではない「何か」を感知することも可能。良い絵が何枚もあり、質高い企画展示だったと思うので、機会あらば……。

トレチャコフをモスクワのどこかの地区か何かの地名だと思っていたのだけれど、バーンズや松方、川村などと同じ収集家の名前であると知り、苦笑いしてしまった。自国の絵画にこだわり、それも画家から直接買い取るということを大切にした、目利きとして別格の人物であったということだ。彼は博愛主義の商人であり、それゆえ実は今回の看板作品は、その絵の持つ意味を良しとしなかったトレチャコフの死後初めて、コレクションに加えられたという。

門外不出のバーンズ・コレクションが来たとき、絵の具の色があまりに生々しく、つい最近描いたようだと感激したが、このトレチャコフ美術館のコレクションもとてもきれいな状態だと見受けた。コレクションが膨大だから順番に飾っていてこうなのか、ほこりが少なく寒冷な土地柄であることが保存に向いているのか、帝政ロシアが立派だったから良い画材が使えたのか、何が原因なのかは分からないけれども、とても19世紀後半、20世紀初頭に描かれたものとは思えない感じがした。

ポスターを飾る美人画は、私【No.1134】で「忘れえぬ人」と書いてしまったが、日本では「忘れえぬ女」、ロシアでは「見知らぬ女」――これも上野の国立西洋美術館だけでなく、北海道にだけ来たこともあるようで、世界のあちこちに貸し出されているのだろうが、ほこりをかぶっている形跡がない。良い状態の名画を間近に観ることができ、嬉しかった。
どこかのフェルメール展と違い、Bunkamuraはいつも絵との距離をあまり置かずに見られるので、とても良い。東急はカルチャー教室もやっていて、五島(強盗と揶揄されていた人)のプラネタリウムもあったし、昔から文化事業に貢献高いグループだから、絵を描く人、絵を見たい人がどう観たいのかをよく心得ている展示だと感心する。
関係ないけど、何か今度、傘下に大学もできたって?(ではなく、東京都市大学に改名した武蔵工業大学が東急グループとの連携を強めるとかいう話で、就職に有利になるらしいと塾や予備校で盛んに勧めているみたい。ムサ工は昔から就職はそう悪くない印象だけどね。メリットが出たのは、むしろ東横学園の方でしょう。グループ企業で働く人のために保育士さんが必要になるのかな)

Bunkamura、昨日はさほど混んでいなくて(「世界的な景気悪化」の影響もあるのだろうか。オーセンティックな品揃えの東急本店は、確かに鉄のカーテンの中にあった国の美術館かっと思える人気なさであった)、「忘れえぬ女」も1人きりで見られるタイミングがあった。一度通しで観てから、再度見直したいものをいくつか見るのが私のスタイルなのだが(だから正直、人とは行きたくない)、2度めに彼女のところへ戻ると、70がらみのスーツを着た男性が、近寄ったり遠ざかったり舐めるように眺めていた。
その男性、出口でも一緒になり、カタログを買っていたのだけれど、代金をお財布から出すのに2分はかかっていて、会計の女性をやきもきさせていた。後ろで精算を待っていた私は、「日本の貴婦人は、この後、メシ食ってからバーゲンに行かなきゃいけないのだから、早くしておくれ」と思っていた。まあ、これはどうでもいい話。

「忘れえぬ女」の他に、見どころはいくつかある。
全体の構成が「抒情的リアリズムから社会的リアリズム」「日常の情景」「リアリズムにおけるロマン主義」「肖像画」「外光派から印象主義へ」の5部に分かれていた。クラムスコイ「忘れえぬ女」は「肖像画」のグループに入れられていたみたい。
素晴らしかったのは「リアリズムにおけるロマン主義」の風景画のいくつかで、この何枚かに「ロシア異界幻想」を抱いた。
江原某氏ではないが、最近、霊感の高まりを自覚する私は、何枚かからビリビリッとくるものを受け止めた。

ロシアは民話の宝庫であり、迷信や語り伝えが多い。そういったものや風景がかもし出す詩情が、絵画に限ったことではなく、偉大なる芸術作品の数々を生み出したことは想像に難くない。
そういえば、最近読んだこの本でも、一番興味深く感じたのは「迷信」である。
<つづく>

【No.1143】パレスチナの美しい文学…4月15日

河出書房新社が1978年に出版した「現代アラブ小説全集」中の1冊。
1988年に新装新版で出したものを、今年になって再度、新装新版で出した。

(書影リンク先に中村の紹介文あり
様々な要素で、作品と私自身を響き合わせるようにして書いてみています)

訳者である奴田原睦明氏の略歴解説によれば、カナファーニーはPLOの急進勢力であるPFLP(パレスチナ解放人民戦線)のスポークスマンを務めた。テロも辞さなかった一派である。
1948年、イスラエル建国の直前に起こったデイルヤーシン村虐殺事件の衝撃で、少なくないパレスチナ人が難民となったのだが、そこにカナファーニーの家族も含まれていたというのである。その日、ちょうど12歳になったカナファーニーは、生涯二度と再び、自らの誕生日を祝わなかったという。
しかし、祝えなくなった誕生日をそう何回も迎えることができたわけではない。彼は36歳のときに車に仕掛けられたダイナマイトで姪と共に爆死してしまう。
ネット上の情報によると、この爆弾は、特殊部隊モサドが仕掛けたのだとイスラエルが公式に認めたらしい。

イスラエル軍がパレスチナ自治区ガザに侵攻したことに触れた日本経済新聞のコラムで、この本のことが紹介されたようで、どうもそれで復刊したらしい。

作家の経歴から、多少過激な内容を覚悟していたけれども、素晴らしい文学作品であった。
キャリアを積んで50歳、60歳となった円熟の作家が書いたような小説にも思える。柔和に話を進めて行く部分と、緊張感を持たせて話を進めて行く部分のメリハリがきいている。
パレスチナの論理やパレスチナの立場を書きながらも、自身はそこに踏み留まることなく、イスラエル側にいる人びとの誠意を覗かせるようにして書くことにより、「和平」「異文化共存」の可能性を示しているのである。
そこに震えが来るような美しさを感じ、圧倒された。

3年前にも、同じ「現代アラブ小説全集」に入っているナジーブ・マフフーズ『バイナル・カスライン』という大作が新装復刊された。
それもずっと気になっていて今に至るまで読めていないが、遠からず読んでみたい。
今世紀はサッカー界は「アフリカの世紀」かもしれない。文学界は「アジアの世紀」になるのかもしれないなあ、などと思う。世紀末まで生きて見届けることはできないだろうけれども……。

日本の今の小説は、「グローバル化だから無国籍風だよね」というように流れていると感じるが、グローバル化の背景があるからこそ、独自性ある価値観を打ち出すことが大切である。
翻訳家というと、外国のものを日本語に訳す人がほとんどだけれど、案外、戦国武将と忍者、帝と間者の関係などが書かれた時代物を海外へ向けて紹介していくと(英訳と日本語訳では異なる英語力が要るのは自明だろうが)、魅力的に映り、インパクトがあるのではないだろうか。いや、そういう売けそうだという狙いばかりではなく、伝統的価値観、伝統的世界観を矜持として交流の場に立つために……。

[参照]
パレスチナ情報センター
同センターによるパレスチナ関連書籍の紹介ページ

【No.1142】しっかりカメハメハを唱えよ…4月4日

すぐ近所のとある施設内の桜。昨日、買い物の前に15分ほど「ひとり花見」をしてきた。

ひとりなんだけど、そこはそれ、引きつけの良さでもって、またまた「あのー、シャッター押していただけますか」と声掛けられ、「そこまで下がらず、手前にいらしてください。その方がお顔がよく写るので」とか何とかやっていたら、「この方、いい方みたいだし(いやあ、私はかなり底意地が悪いんだけどねぇ)、向こうの方でもう1枚お願いしちゃいましょう。ね、よろしいですよね」と頼まれ、断る理由もなく、「この角度で、あそこをバックにいかがですか」とほとんど撮影会気分となった。

下の1枚はどういう意図で撮ったかというと、桜の下で、梅雨に備えてすでにアジサイが新葉を出して着々と準備を始めている着実さに、改めて敬意を抱いたのである。
その他にも、桜の木の根元では、ハナニラやスミレなどがつつましく咲いているし、ツツジが次の出番を待って、かたいつぼみを用意している。
高校時代だったか、英国の詩を習ったときにも(ワーズワースのThe Daffodilsという定番中の定番)daffodils(淡黄色のラッパズイセン)からroses(バラ)に至るまでの花の流れ(あと2つはcrocusesと、liliesだったかlilacsだったか。確か英語のテストに出たんだよね)が、英国の初春から初夏を物語るという説明を受けた。

どうして順番を間違えないのだろう。
それは生物学的には温度に反応して順番に、ということが言えると思うが、「分をわきまえる」「時機を得て」というのが正に「自然らしい」ということなのだと感じた。

ノーベル賞を日本人が多く取っても、WBCで素晴らしいゲームをしても(イチローのセーフティバントがすごかった。パタッと球の息の根を止めていた。日本中の子たちが、いやいやながらのバント練習を以後喜んでやりそう。チームのためにバントをして、それでいながら自分を生かすというのは日本独特の「滅私奉公」精神のお手本だ)、あれは夢をあきらめなかった努力家たちが成し得たことで、ついついさぼってしまう凡人とは違うのだという感じで、どこかどよ~んとした空気のなか、新年度を迎えた人も多いと思う。
1日の入社式の大企業のトップの訓辞も、「こういう厳しい状況のなかだからこそ」と予想通りの展開だ。
いかん、日本人はどうも真面目すぎていかんと思った(私も自分の血に外国人の血が混ざっていると聞いたことはないけどさ)。

私がトップだったら、どうするか。
これは撮影会ではなく、小さなお子さん相手の「おはなし会」のノリでもって、「さあ、じゃ、ちょっと立ち上がってみんなで気合いをいれようか」ということになる。
といっても、例の「気合いだ! 気合いだ! 気合いだ!」は、これから勝負に臨む、捨て身の覚悟を促すものであり、この厳しい状況下には個人にかえって重い。
そこで、ゴクウの「カメハメハ」である。

元気のない朝、まだ試したことがないという人にはお薦めしてみたい。
できれば上半身が写る鏡の前で行う。
「カ・メ・ハ・メ・ハ~」と、右か左の耳の前で構えた両手を全面に勢いよく突き出してください。
自宅に適当な鏡のない人は、勤め先や公共施設の洗面所の鏡、街角のガラス面などを相手に小さな動作でやる!

「カメハメハ」というアロハな大王を思わせる抜ける音も良いが、さらに偉大なのは、この後につづけるべき歌。
この歌詞が実に偉大だ。
♪へっちゃら~ へっちゃら~ な・に・が 起きても 気分は~ へのへの かっぱ~♪
「へっちゃら」という響きの頼りなさ、そして「へのへの かっぱ」ですよ、あんた。
面倒なことは流しながら、それでも少しずつ何となく前へ進んでいればいいというような寛容が素晴らしいね、この歌詞は。

「へっちゃら」も「へのへのかっぱ」も「もったいない」みたいに翻訳不能であろう。サミットを一緒にやっている国にも、この日本語のまま輸出すべきだ。

もちろん、これは朝のスタートの気合い掛けだけでなく、誰かにいやなことを言われたとか失敗を防げなかったとかいうときにやると良いのだ。
「いい年をして、そんなこと、やってられるか」「思い切りやりたいが場所がない」という人は、自分がカメハメハをやっているところを想像するだけでも違うし、この歌詞の文言を頭に思い浮かべるだけで、かなり落ち着くこと請け合い。
校歌のほかに応援歌のある学校って少なくないと思うが、「君が代」のほかに、これを応援歌に制定すると良いと私は本気で思う。

願わくは…4月1日


隠し撮り気味。後ろ姿だからいいよね。
右の女の子が、白いウインドブレーカーに白いブーツのすごいお洒落さんで、格好のモデルであった。
「よしっ、きたっ!」とばかりに撮ったのである。

この場所、何年か前からずっと、この時期に気になって仕方ない。
だって、満開の桜の下でブランコに乗れるんだぜいっ!

うちからそう遠くない、渋谷区某所である。

「願わくは花の下にて春死なん~」は多くの文化人がそうありたいと願う西行法師の歌であるが、活動的な私の場合、「ふふん」てなもんで、「願わくは花の下にて春漕がん~」である。あまり人目がないときに、満開の枝と青空を見上げながら、天に向けて思い切り漕ぎ出したらどれだけ素敵なことかと幾度も夢想している。
白いブーツの女の子の隣が実は空いていたのであるが、「寄せて♪」と声掛けてブランコ遊びに混ぜてもらい、「危ないおばさん」と思われても困るので自重した。
その代わりに、白い背中に向けて魂が飛ばないものか、つまりしばらくの間でも遊体離脱した自分の魂が、あの体に宿って楽しめやしないかと試していたもので、彼女は何かまがまがしい気配を背筋に感じ取っていたかもしれない(笑)。

しばらく前に読み終わった何冊かの本のこと、買った本のこと、体験したこと、麻生総理の夢を見たこと、息子が見たパンデミックの夢など、いろいろ書きたいことは積もっており、それができないことにいささかのフラストレーションを感じる。このところバッタバッタしていて、これからまた片付けることもある。
ダーッと書き下すように集中力を持って行けないので、なごみ系写真で失礼いたしますわ。

[追記]漕げば少しは変わるって……。漕がないでじっとしていればそのまま停滞しているだけだけど、漕げば、空まで届かなくたって、あたりの空気を揺らすことぐらいはできるって!!!

【No.1141】森と島のエコ・ツアー…3月26日

今、NHKで「ゴリラ先生ルワンダの森を行く」というドキュメンタリーをやっていて、京都大・山極寿一先生のガイドでマウンテンゴリラの生態が紹介されているんだが……。
下の写真、しばらく前に、ルワンダに行ってきたという人の奥様からもらったルワンダ紅茶のティーバッグなのである。

もう現役をリタイアしたご夫婦で、ご主人がサファリと写真が趣味。
「わたくしは何回か付き合わされて、サファリはもうこりごり……」って、日本の高齢者層にはこういう富裕層がいるから、低賃金で無茶苦茶働かされる若い層が結婚できず益々少子高齢化が進んで行ってしまうような気が……。

「これはまだ日本で市販されていない珍しいもので、風味が変わっているから、ちょっと召し上がってみて」と言われて飲んでみたら、確かにマリアージュ・フレールにて限定生産で昔売っていたという、それももらいもののフレーバー・ティーにちょっと似たような香り良いものである。

1990年代に内戦でものすごい虐殺が行われたとして、そういうことで有名になってしまったルワンダなのだが、紅茶をもらったとき、こちらの大使館ホームページで、自然が非常に豊富なことを知った。
ゴリラを見て回るエコ・ツアーなんて実にいいなあ、と、そういう行動的な旅を志向する、だがしかし今の時期はアームチェア・トラベラーである私は、しばし見入っていたのであった。
大使館トップページには、4月にJICAでイベントをやると案内があるので、この紅茶は、おそらくそのときに販売されるだろう。

で、テレビのゴリラを見ながら、息子に「あのルワンダっていう国ではゴリラのツアーがあって面白そうなんだよね」と話していると、「オレはどっちかっていうとガラパゴスがいい。あのレオナルド・ダ・ヴィンチの……」
んっ? 何か違う。それはダーウィンだろうが、今年生誕200年の……。
しかし、最近外食ですらまったく親と出かけようとしないのに、「ガラパゴス。ガラパゴス。ガラパゴスなら行くの~」と引っ掛かり、しかし、あそこに行くのには60万やら70万という旅費がいるのではないかと考え、あわてて検索すると、安い時期なら40万弱か。

製造業で賃金カットやボーナスカットで深刻な状況になっていて、「製造業って何なのか、3つ言ってみろ。じゃあ、非製造業は?」と昼間やっていたばかりなのである。
「何かのことがあったらいかんので、貯金はその単位で使いたくないなあ。だが、あんたがガラパゴスをきっかけに勉強に目覚めて、私立大でなくて国立大に行けるとすると、何百万かの余剰が出て、投資も無駄でなくなるし、ましてや発奮して奨学生になって授業料がタダになると……」

先ほど夕飯前、床暖房の熱の上で、午前中の部活の疲れがどっと出たのかマウンテンゴリラのように居眠りしていた息子は、静かに私の元を去って行ったのであった。
明日からガラパゴス貯金、始めよっと。

ちなみに、うちの日常会話はいつもこんなもんである。本気と冗談がないまぜに交錯するスリリングな状態と私は解釈しているものの……。
プロフィール

Author:中村びわ
2004年から2011年まで書いてきた
「本のシャワーにさらす肌」
http://biwa.blogtribe.org/を、
こちらに引き継ぎます。

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