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【No.1422】おもろうて、やがて物悲しき昭和


加太こうじ『紙芝居昭和史』は、紙芝居をめぐる加太の自伝でありながら、紙芝居人物列伝のような要素もあり、下記のような「まえがき」の結びから、もうどうしようもなく、時代が平成に移り変わったことが悔やまれる本である。

   この本を、紙芝居によって生きた青春時代のすべての仲間にささげる。
   紙芝居画家として名もなく死んでいった何人かの仲間にささげる。
   街々を拍子木を打ち鳴らし、太鼓をたたいて飴菓子を売り、紙芝居屋として
   子どもたちとともに一時期をくらした人たちにもささげる。
   また、紙芝居を好んだすべての人たちにささげる。
   すぎ去り、ほろびたものはなつかしいが、その過去の実体のなかから、
   これから生きることへの何ほどかの示唆を得ていただけるなら、
   この本を書く私としては望外のよろこびである。(p.ⅳ)

人物列伝部分には昨年11月末に亡くなった水木しげるが登場する。紙芝居の画家としてキャリアをスタートさせた水木の筆名の由来も紹介されている。
列伝に入る前に、「ゲゲゲの鬼太郎」がどういう紙芝居から派生してきたのかが分かる、古い紙芝居についての記述がある。

加太の記述を受けて、水木しげるの解説がある。
そこには、「紙芝居丸の沈没間際で、僕はかろうじて救命ボートに乗ったのだ」(p.322)と、貸本マンガをめぐる告白もある。
そこまで来て、彼らの日々と私の思い出がリンクする。
小学3年だった私は、住まいの近くの急な坂道をのぼったところにある貸本マンガ店に入りびたるようになり、怖いもの見たさに水木しげるの人面瘡の話など読み、夜に寝つけないような刺激を得てしまった憶えがある。

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テーマ : オススメの本
ジャンル : 本・雑誌

【No.1410】『概説子ども観の社会史』に学ぶ




大学院の修士ゼミの一つでテキストに取り上げられ、知的好奇心の高い人たちといっしょに読んだ本。

指導教官は子ども社会学、幼児教育・家族の変遷、それらに関する政策比較等が専門。
ジェンダー、教育格差、家族問題等に鋭い問題提起をしている、非常に魅力的な指導者で、その先生からのトピックス提案が常にあったことも大きかったが、ゼミの真ん中にあっていろいろな観点や要素を提供してくれる内容の本だった。

日本語版への序文で筆者が明らかにしている取り組みのポイントは以下。
(1)子ども期の観念の進展:啓蒙思想とロマン主義運動に結びついた観念の大きな変化は18世紀末から19世紀初めという指摘
(2)子ども経験のとらえ直し:ここ500年の時代・文化・社会の水準でとらえ、急激かつ意義深い変化を把握
(3)子ども期の観念と子どもである経験の結びつけ:(例)ロマン主義のあるべき子ども像を知り、児童労働の非人道的待遇を理解するというようなこと

むかし経済学部でマルクスやウェーバーをかじった自分が、第6章「子どもの救済―1830年頃-1920年頃」の前半に当たる「児童労働」「路上生活する子ども」の報告担当者になったことに奇縁を感じる。
学部時代は、経済発展を歴史的にとらえ、さんざん「産業革命」という言葉を目にしていたというのに、それが児童労働に支えられているという点をまったく意識していなかった。
歴史はある観点に絞って見ると面白いが、そうすると他の位相はまるで見えなくなる。
それは、「今を生きる」ことについても同じことが言える。

レジュメ作成のため次から次、古い資料を引っ張り出して調べていたら面白くなってしまい、「チャーチズム」「煙突掃除年季奉公」「市民結社(19世紀の博愛団体を中心に)」に関して少しずつまとめた付録も作成した。
これら項目の一つひとつがまた、大きな研究テーマとなるもの。
とりわけチャーチズム(1838-58年に拡がった英国労働階級の議会改革運動)が、ロシア革命に先立ち世界最初のプロレタリア革命になりえたものであったのに、明晰な理論がなく、不適切で日和見的な指導のため、失敗に終わったという歴史学者の見解があるという記述(トムソン,D,古賀秀男ほか訳(1988)『チャーチスト』日本評論社)に、歴史って「あざなえる縄」のようだと感じ入る。

どういう時代のどういう社会に生まれ合わせた子どもか、という点もまた、ルネッサンス以降の500年を概観しただけで「あざなえる縄」としか言いようのない意外性や多様さに満ちたものであった。

テーマ : 読んだ本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

【No.1406】『知の広場 図書館と自由』を欲するイタリアの教育危機




ヨーロッパと言われたらすぐに国名が挙げられるような国は、OECD(経済協力開発機構)のPISA(生徒の学習到達度調査)で多少の差はあっても、日本と同じような教育水準にあるような気がしていたが、それはどうも相当外れた認識みたい。

幼児教育や子ども学について学んでいると、イタリアの幼児教育や初等教育は伝統的に素晴らしく、お手本になるものとして語られる文脈をよく目にする。
だが、アントネッラ・アンニョリ(2011)『知の広場 図書館と自由』萱野有美訳(みすず書房)を図書館で借りてきて、ぱらぱら読んでいたら、第2章「2010年-2030年とはどのような時代か」の2節「学校の危機」に相当のことが書かれていた。

PISAでは、生徒を読解力にしたがい6つのグループに分けている。第1グループが最も低く、第5グループが最も高い。イタリアの男子で第1レベル(407.47以下)かそれ以下なのは33%、つまり全体の3分の1になる。彼らは、主としてきわめて単純な新聞記事の内容が理解できないレベルである。第4か第5レベル(552.89以上)の高い読解力があるのは、わずか17.6%で、相対的に女子の方が多い。第1レベルかそれ以下の女子生徒は19.9%、一方、第4、第5レベルに達しているのは27.7%である。イタリアの生徒の学力は、女子のおかげで最下位をまぬがれ、かろうじて平均を示していることになる。(p.67)

イタリア少年の笑顔にだまされていてはダメということだな。

学校教育を受けた若者ですら、語彙の貧困化が進んでおり、彼らの多くが文章を理解するのに困難を覚えるようになっている。つまり、そうした人は、本や新聞を読めなくなる可能性があり、何より、電気料金の請求書や通帳の残高を正確に理解できず、基本的な権利が危うくなるかもしれないのである。こうした重大な問題は、アルベルト・サラレッリが説明するように「情報化社会において、初歩的な読み書き能力は、情報そのものを消費するための大前提であり、基本的な必須事項である。近代欧米社会の経済活動は、その情報化社会の上に成り立っている」ことに起因している。
(p.68)

こういう背景があって、司書歴30年の著者は、自然と市民が集まってくるような「知の広場」づくりを目して図書館リノベーションを手がけてきたということ。
前付にカラー口絵が8ページ(証券取引場を改修したボローニャの図書館、映画館を改築した建物に食料品店や食堂などといっしょに入っているボローニャの書店ほか)、中ほどにモノクロの口絵8ページ(各国の図書館にある気の利いたスペースほか)あり。

今夏、ウンベルト・エーコ様(1991)の『論文作法』谷口勇訳(而立書房)を読み、きらびやかで確かな博識・教養を見せつけられ、「イタリアすげぇ」と感心させられたばかりであったのでショックが大きい記述だった。

テーマ : オススメの本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

【No.1400】好きな作家


「物語るにはまだ早い」というブログタイトルで表したいことは多義。
「ここで書くエピソードは、物語れるほど、まだ十分に熟していない」ということであり、つまり、そのような調子で「まとまりのないこと、落ちのないことなどをだらだらっと書くよ」という意味もあり、そして「物語るしかなくなってしまうまでに自分は至っていない」というリアル充実志向でもある。

まだ他にも、指し示せる意味はあったかもしれない。

「秘するが花の事どもを物語って生業としなくとも、別の方法で食べていけるよ」という意地もあるかもしれない。
物語を生業とすることが卑しいと言いたいわけではない。けれども、それはあまりに潔い覚悟の要る営為だろう。

カレン・ブリクセンという本名を秘匿し、イサク・ディネセンという男名でゴシック物語を編んでデビューした作家は、デンマーク生まれ。スウェーデン貴族と結婚しアフリカで農園経営を始めるも行き詰まり、それにより結婚も破綻する。
父親が梅毒に苦しんで自殺したというのに、夫にも同じ病を移され、その症状に悩まされる。
農園経営の巻き返しを女手一つで試みるも、資金繰りがつかなくなり断念。すべての財産を手放しての帰国を控えた矢先、良き理解者であった愛人を突然の飛行機事故で失う。

失意のうちに帰国したカレンは、弟に期限付きの庇護を願い出て、物書きで身を立てることを決意する。この『ピサへの道』、そして『夢みる人びと』から成る『七つのゴシック物語』を書き上げる。

彼女が「物語る」に至るには、十二分な絶望があった。そしてそれでも、享けた生は最後の瞬間まで全うしていくものなのだという希望の灯は消えず、アフリカで愛した人に乞われながら紡いだ物語を本にしたのである。生き延びるために……。まさに生き延びる手段とするために。
覚悟して書かれた物語は、19世紀を時代設定とした20世紀文学の見事な成果で、アメリカ文学の巨匠トルーマン・カポーティは、イサク・ディネセンのような作家こそノーベル賞にふさわしいと述べたという。

小説好きに評価高いディネセンは、『アフリカの日々』という回想の物語で世界文学の高みを極めた。
熱く駆け抜けた日々も、ずたずたに引き裂かれた運命も、奇蹟のような体験も感銘も、そこでは作りごとの物語と等しく、しなやかでロバストな知性の統制下、どこか遠い国、遠い時代の神話のように語られる。
あたかも彼女自身の生が、はるか昔から口承されてきた物語の一部でしかないかのように……。


テーマ : 読んだ本の感想等
ジャンル : 小説・文学

【No.1399】「あの素晴らしい愛」は母の愛?

1月の25日から3週間にわたり、朝日新聞別刷りの「逆風満帆」(日本経済新聞「私の履歴書」みたいな感じ)に精神科医:北山修=作詞家:きたやまおさむの取材記事が載った。
ちょうど、そのしばらく前、北山氏の九州大学における連続最終講義ほかをまとめた『最後の授業 心をみる人たちへ』(みすず書房)を読んだばかりであったので、興味深く目を通した。

京都府立医科大在学中に加藤和彦らと結成したザ・フォーク・クルセイダーズ「帰ってきたヨッパライ」が大ブームとなり、同グループ解散後、キャンパスに戻ってからも「風」「花嫁」「あの素晴らしい愛をもう一度」「さらば恋人」「白い色は恋人の色」等の数々のヒット曲の歌詞を手がけた。この才能を、世間が気にしないはずはない。

音楽活動仲間のような身の回りの人たちのために書いたはずの詩がヒットによってひとり歩きを始め、マス・コミュニケーションに乗って思わぬ広がりがもたらされる。そのことへ違和感を感じたり、ヒットメーカーだからとマスコミにつきまとわれ、研究活動や臨床等を阻害されることに苦しんだりしながら、いかに医療と音楽に取り組んできたかという点がインタビューで明らかにされていた。

北山修氏の研究で面白いと思うものに『共視論 母子像の心理学』(講談社)がある。浮世絵に描かれた母子像を分析すると、母と子は同じ対象を見ていて視線が重なっている。そこに日本の親子関係の特徴を読み取ろうというもので、発達心理学者や江戸文化学者を巻き込んだ共同研究として一冊の本にまとめられている。
浮世絵の指南役は、以前から美貌の誉れ高い江戸文化研究者の田中優子氏。この春から法政大学の学長に就任予定ですね。

共視については先般、小児科医でお茶の水女子大大学院教授、榊原洋一先生の講演を聴いた時にも指摘されていた。
西洋の親子が描かれた画(その多くは聖母マリアと幼子イエス)の場合、母子が共通の対象を眺めるというという感じではない。ばらばらの方向を見ている例ばかり。

あの時 同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が 今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度

これを書き出すとJASRACに断らないといけないけれど、まさにこれが「共視」なのかと思ったりもする。
「あの素晴らしい愛をもう一度」は、もしかして日本ならではの母との思い出を恋う歌なのか。

『最後の授業』から、面白いと思ったところをいくつか抜き書きしてみる。
ここには、将来、人の心を見ていくために学ぶ学生たちに向けたメッセージが集められているわけだけれど、心のコントロールに苦労が多い現代人たちにとって、得るところが多い本だと感じられた。

不特定多数の心を取り扱うテレビをはじめとするマス・コミュニケーションに対して、私たちは一人のパーソナルな心を取り扱う専門家であること。(P38)

鏡はお母さんの瞳の中にあって、子どもに一番最初に体験されるのです。その種の体験の重要性を、フランスの精神分析家ラカンやイギリスの精神分析家のウィニコットが指摘しています。
赤ん坊がどのように見えているかをお母さんが照らし返して(リフレクトバック)、照らし返された子どもはそれを内省(セルフリフレクション)の起源とする。これを<鏡としての母親の機能>といいます。
私たちの仕事はこの機能に関わっています。
(P66)

この関係性を重ねてみたとき、テレビはどこに置かれるかというと、この魚の位置にある。ふたりでテレビを見ているという構図になるでしょう。この二者間外交流が行われているときに、つまり文化の継承(共視)あるいは言語の習得(名づけ)という大事な母子関係の二者間外交流がこの場面で内的になにを経験しているかというと、同時にお母さんとの間で情緒的交流、二者間内交流をしているのです。「世界は面白いよ」って、「世界は次々と面白いものが見つかるのよ」って。
「面白い」という言葉の語源は、「面」つまり顔が同じ方向に向かって、なにかを見ていることにあると言います。テレビと言う光を見ていたり、昔だったら囲炉裏端の火を囲んで面白い話をしたものです。
(P82-83)

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

プロフィール

Author:中村びわ
2004年から2011年まで書いてきた
「本のシャワーにさらす肌」
http://biwa.blogtribe.org/を、
こちらに引き継ぎます。

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