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【No.1167】水脈を探し、羽根を待つ…6月30日2009-09-12 Sat 13:43
![]() ![]() 両方とも、少し前に読み終えた本なのだが、何かとても似ているところがある気がするのに、それが何なのか、じっくり考える作業になかなか辿り着けない。 「『渚』と『雨』だから、水関係で通じている」やら、「人類の破滅を考えたSFと人格の破壊行為に触れた詩人の作品集だから、『果て』を見たということで共通している」やら、本の紹介ならば、そのようにお茶を濁して終えてしまっても良いようなものである。 しかし、試みたいのは本を人に紹介していくことではなく、本について考えて自分が楽しむことなので、それを後でじっくりやろうと思う本については、ここにあまり詳しいことは書かないでいる。 そういう意味では本当に雑記で、情報を積極的に発信する良いログではない。 考えながら書くということには物凄い集中力が要り、良いひらめきが舞い降りてこないと面白くも何ともないので、余裕ある贅沢な時間が必要なのだ。 残念ながら、なかなかその態勢を整えられないでいるので、手っ取り早く手元にある本を読んで、とりあえずは「消費」でスッとしているだけになっている。それで一日実世界に生きた疲れは取れるので有難いが、せっかく読んだ良い内容の本について、自分の受け止め方はどうなのかということを掘り下げて考えていけないのはもったいないことだと感じるのである。本を沢山読むと充実感があった若い頃とは、かなり感覚が変わってしまった。 ネヴィル・シュート『渚にて』については、幸いにしてすでにタイミング良く書けた。 ローゼ・アウスレンダー『雨の言葉』というこの見事な詩集については、雨粒の間からひらりひらり舞い降りる羽根のように言葉が到来するのを待って、何か書けると良い。梅雨の明けるまでに……。 ローゼ・アウスレンダーは現ルーマニアに当たるオーストリア領に生まれ、同胞の多くを失ったユダヤ人詩人。 第二次大戦後、米国に移住し、同胞を迫害した者たちの言語であるドイツ語で詩を書くのをやめ、英語で書き始めた。 しかし、パウル・ツェランとヨーロッパで再会したことにより、1959年に再びドイツ語で書き始める。 ドイツの一般読者にその存在を知られるようになったのは1976年、彼女が75歳になってから。 1972年デュッセルドルフのユダヤ人老人ホームに入居。人を避けるようにして詩作を続け、1988年に死去。生年は1901年のドイツ語圏を代表する現代詩人の1人であった。 |
【No.1166】As you know…6月27日2009-09-12 Sat 13:41
昨日はたまたま銀座に出る用事があり、銀座教文館書店内にある子どもの本の専門店ナルニア国に少しだけ立ち寄った。ナルニア国は今年で10周年を迎えたそうだ。
この書店の特徴は、厳正な審査を行って選考した本だけを棚に並べるということ。したがって、いくら押しの強い営業担当が売り込みに行っても仕入れてはもらえない。そしてもう1つの特徴は、その枠とは別に、この1年で出た子どもの本を全部並べている棚があるということ。1年分全点棚は、前は別の階にあった。私はナルニア国に行くのがとても久しぶりであり、同じフロアに1年全点棚を移動させてから初めて行った。ワンフロアに子どもの本が揃ったのは、とても便利である。 購入したのは下の2点。岩波ジュニア新書の新刊『図書館で出会える100冊』とカルヴィーノ『マルコヴァルドさんの四季』の新訳である。きょうの話は、左の本についてだけ。 ![]() ![]() 『図書館で出会える100冊』は、各図書についてのあらすじが主で、それに「こういう本である」というポイントが付されている内容のブックガイドなので、すっ飛ばし読みで、ものの30分ぐらいで読み終えた。よく考えると、椅子に座って読んで帰ってくれば良かった。 下に並べたような、私も読んだことのある本がリストアップされていたので興味深く読んだり、読んだはずなのに忘れていた筋を思い出させてもらったり……。 好みの本が重複したり、「これ、面白そうだな」と思える知らない本が何冊も出ていたりで、自分には十分有意だったのだが……。ジュニア新書で出ているけれども、実際このガイドブックを活用するのは年配ご婦人の児童文学愛読者が中心かと思える陣容と言えそうだ。 ![]() ![]() ![]() リチャード・ペック『ホーミニ・リッジ学校の奇跡!』(東京創元社) グロリア・ウィーラン『家なき鳥』(白水社) レイ・ブラッドベリ『さよなら僕の夏』(晶文社) ![]() ![]() ![]() スティーブン・キング『トム・ゴードンに恋した少女』(新潮社/こちらの単行本は品切れだけど、リンク先に自分が書いているので貼ってみた。ジュニア新書で紹介されているのは流通している新潮文庫版の方) シュピーリ『ハイジ』(福音館書店) 長田弘『本を愛しなさい』(みすず書房) とまあ、こういった感じの本が紹介されているけれども、少なくとも拙宅の愚息やその周りの友だちが読みそうな本の選択ではない。 数日前、ある店で軽くお昼を食べていたら、隣に座っていた高齢のご婦人2人が「最近、図書館で子どもの本を借りて読んでいる。今もムーミンのお話を返してきたところ」「環境問題について知りたいというときに、子どもの本だと字も大きいし、分かり易く書いてあっていい」というように話していたけれども、そういう層にズバピタのガイドブックだという印象を抱いた。 それをさらに確信したのは次のような書き方である。 スタインベック『チャーリーとの旅』(ポプラ社)について紹介した文章のところ。 もう一つの旅の仲間は、トラックの「ロシナンテ号」です。この名前は言うまでもありません。ドン・キホーテの愛馬からとったものです。(P78) こういう書き方、カッチーンと来るんだな。「この名前は言うまでもありません」という上から目線。 著者は長年、東京杉並エリアで司書として仕事をしてきた人で、そりゃあ、本のプロなんだろうけれども、「何か面白い本はありませんか」と尋ねてくる子どもの相手をしてきた人が、As you know的な、「当然の教養よ」という表現はないだろう。ドン・キホーテのお話を読んでいない子の方が圧倒的に多いでしょうが。 無論、こういう書き方で、「ドン・キホーテぐらいは教養として読んでおいた方がいいわよ」という情報提供をしていると、良きに解釈できる。しかし、相手の知識や好みなどが分からない不特定多数の相手をする時には、「相手が知っていようがいまいが恥をかかせないような配慮」をして話をするのが心得であり、人徳、人品というものではないだろうか。 自分ペースで書いているブログじゃないんだからさ、そういう意味でのリテラシーが必要だよね。 つまりリテラシーというのは単なる言語技術ではなくして、そういう気持ちの入った言語を使えるかどうかということで、あたしゃas you knowやらyou knowという米語的押し付けがましい表現は嫌いです。 自分も同様の間違いは結構犯しているかとも思うが、評論をするときに、人口に膾炙していないにも拘らず「よく知られたことだが」「周知の事実だが」「誰もが知っているように」などとしゃあしゃあ書いている人がたまに目につく。特に、女性の気の強そうな有識者に多い気がするが……。 気をつけたいものである。 このガイドブックはそこ一箇所が気に入らないという理由で、いずれ処分、処分。 杉並は隣の区なので、そこの図書館に寄付してしまうのも面白いかもしれぬ。 [追記]2日連続で、人聞き悪く根性の悪い記事で、気分を悪くした人がいたら済みません。 |
【No.1165】楽園への完全うんちく武装…6月26日2009-09-12 Sat 13:26
名古屋ですでに、やや異なる内容で催されていたみたいだが、いよいよ名品中の名品「我々はどこから来たのか。我々は何者か。我々はどこへ行くのか」を引っ提げて、竹橋の東京国立近代美術館にて7月3日から「ゴーギャン展」が始まる。
それが目の前にちらつき出したこともあって、1年半近く積んでおいたバルガス=リョサ『楽園への道』読了。 池澤夏樹個人編集「世界文学全集」の中の名品中の名品ではないでしょうか。 と言っても、実は私はこのシリーズはようやくこれが初めての読了。他の本を買うのは『楽園への道』を読んでからにしようと禁則を設けていたため。 この小説は、株式仲買人として高給取りだったのに、その仕事と家族をなげうって画業に専念し、ユートピアを夢見てタヒチへ渡ったポール・ゴーギャンの半生を描いた伝記的小説であり、それと並行させて、ゴーギャンの祖母である社会思想家フローラ・トリスタンの半生を描いた小説でもある。技巧も凝りに凝った現代文学の大作。 「豊饒」とか「ふくよか」とか「シズル感」とか、ラテンアメリカ文学の傑作は、色鮮やかで大玉で水分たっぷりの果物みたいな感じがする。それに比べ、日本の文学をどうたとえると適当かは、眠いので省略。 ![]() ![]() ![]() 『楽園への道』のついでにゴーギャンが書いた『ノア・ノア』と、古典的文学作品であるモーム『月と六ペンス』を読んでおけば「うんちく武装」としては完璧かと思う。 『月と六ペンス』は岩波文庫と角川文庫でも出ている。土屋政雄氏訳ということが分かると、何となく光文社版のものを並べてみたい気になった。私自身は、小学館の地球人ライブラリーで読んでいて、はて、あれはどなたの訳だったかしら。 さらに徹底化したい向きには、『オヴィリ』という研究書もある。それで野蛮人の彫刻についても勉強していくと、その像の一つも展示されるみたいなので、十分に知ったか、いや、教養の深さをかもし出せる。 ![]() ![]() 『楽園への道』を中央に置いて、「左(社会主義なので当然、左!)」にフローラ・トリスタン他女性社会思想家の本、右にゴーギャン関係なんぞで書店フェアをやると面白そう。誰が買っていくのかまでは責任を持たないけれどね。 こちらが東京のゴーギャン展のリンク。 ここでも、また石鍋シェフの展覧会にちなんだ特別メニューがあるということで失笑。アクアという店、ずっと前にランチを食べたけれど、そのときはあまりおいしくなかった。見た目は良かったけど。 こちらは充実の美術愛好家のブログ。私よりはるかに長い記事を書く人を見つけてびっくり。 国立近代、東京駅からゴーギャン柄(?)のバスを運行するとか。夏休みの旅行者にも丸の内近辺のオフィスワーカーにも便利そう。 |
ちょっといそがし…6月19日2009-09-12 Sat 13:25
やらねばならぬことがあるのに、きょうも仕事の帰り、ちょっとした人づき合い。
自ら首絞めた。 このようにして美容院に行く時間がなかなか作れず、頭やまんば状態。 ついでに一言。 サッカー日本代表のこの一年の課題について。 パス回しがどうとか、集中力がどうとか、そういう問題ではなく、 みんなそれぞれ5センチから10センチぐらいずつ背が伸びるように トレーニングを積んだ方が良いと思う。 試合は闘莉王がヘディング決めたところまで見れた。 それから何が起こったのかを新聞で確かめて、真剣にそう考えた。 そういう発想が自然にできるようになる、なかなかナイスな設定のSFを 移動時間と寝る前に読んでいる。 |
【No.1164】200グラム680円のつづき…6月15日2009-09-12 Sat 13:24
【No.1163】の絵本を少し紹介しようと思っていたのだが、思いの他、仕事でへばったので改めて。
下は、やはりカラスに食べられなかった切り花。 腹がへっていると花も食べるくせに……。 ![]() 天気悪く自然光入らなかったので色、悪い。 テーブルに掛けたクロスは黄緑、上の方の花は鮮やかな紅色なのに……。下の方の白はバラ。 この、つぼみの時は、色づいていないイチゴみたいな花の名が何というのか、セロファンに貼ってあったシールを確かめるのを忘れてしまった。 花瓶代わりにしたのは、アネモネか何かの花の絵がついたガラスのビアジョッキ。 活け方が無造作すぎて、バランス悪い。一応、「シン(真)、ソエ(副)、タイ(体)」(天地人に当たるらしい)の池坊の心得ぐらいはあるのだけれど、「無手勝流」が性に合う。 [追記]絵本の紹介をなまけている間に、『おとん』『だから?』がふさわしい父の日は過ぎてしまった。 『かばががばー』はプール開きが少し前にあったような季節なので、「水遊び」という引きでこの時季にとても良い。大型迫力写真絵本で、かばのユニークな生態が紹介されている。大口を開けたかばの見開きを、一人ひとりの子どもたちの顔に近づけてあげてゆっくり楽しんだ。 『えらいえらい』は、たまたま『かばががばー』に表紙の感じが似てしまったのだと思うけど、中身はまるで違っていて、かばだけでなく、靴やら傘が出てきて、そういったものがどうして偉いのかをごく短い言葉で説明していく。偉い理由を説明したら、皆に拍手してもらうような流れなので、おはなし会で使い良い。 『あめかな!』はグラフィックで素敵な絵本だけど、「赤ちゃん絵本枠で出すにはどうかな?」と疑問。雨の音だけで展開していくなら良いが、やや説明的な文が入っていて、それが赤ちゃん向けではない。それは、赤ちゃんとお母さんの前で実際読んでみて、説明的な文章のところで赤ちゃんの注意がそれた経験から言っている。赤ちゃんが反応し易いのは「ザーザー」「ぽつんぽつん」という音の響きなのである。抽象的な絵がきれいで、絵本の完成度としては高い。 『くまこちゃんのみずたまはんかち』は、ハンカチから逃げ出した水玉をどうつかまえるかという話だけど、これも水玉がどこに隠れているかという問いかけのできる参加型絵本と考えても良さそう。癖のない素直なお話なので、小さな子でも楽しめる。 |



















